今青四つ

男は事ある毎に囁く。祝詞の様に誇りをもって、そう宣う。俺は、神様なんかではないと云うのに。

「最強は、青峰や」

その言葉を耳にする度、胸が音を立てて痛みを訴えた。得体の知れない何者かが、柔らかい中身を食い破らんと、堅い殻に爪を立てる。ぎいぎいと云う不快な音は、耳を塞いでも遮断することが出来ずに否応なしに脳裏に入り込んでくる。ゆっくりと、首を締め上げる音は真綿。足元から這い上がってくる闇、それらの緩な侵略に込み上げる吐き気をどうにか抑えた。

(ああ、沈んでゆく)

過去に、中学時代に思いを馳せる度、胸を新しい痛みが襲う。あの頃に戻りたい、と心が軋む。何一つ歯車は狂う事なく、眩しすぎる光に盲になる事もなく、ただ目まぐるしい日々が永遠だと信じていた。ひどく馬鹿げた願いだった。けれど、その願いを本心から笑い飛ばすことはついぞ出来なかった。

「なあ、そうやろ」

男の声色は、ぞくりとする程に柔らかさを孕み、同時に鎖の様に重かった。実際のところ、男のそれは呪詛であった。ただひたすらに俺を盲信する。大人ぶって、認めたのはその強さだけだと、嘯いたところで、男の瞳の中には憧憬が宿っていた。男はそれに気付いていて敢えて無視したのか、それとも知ることは無かったのか、どちらにせよ男のしたい様にすればいいと俺は思った。今までだってそうだったのだから、期待なんてするつもりは毛頭ない。

「当然だろ、」

彼等の求める暴君像の侭に、そう応えれば男は満足した様に微笑んだ。そう、それで良い。彼等が求める限り俺は、傲慢な王様でいよう。それが俺の強さに付随する責任だと、そう信じた。




今+青
呼吸の仕方を記憶の中から引き擦り出して、どうにか肺に酸素を送り込む。渇ききった喉がじくりと痛んだ。

「いくで、青峰」

男の声が鼓膜を震わせ、脳を揺さぶる。あの日々はもう戻らない。俺が望んだ唯一の対等はもう存在しないんだ。 緩やかに緩やかに世界は崩れる。終わりに向かう。密やかに、光に満ち溢れた侭に自壊を遂げる。

「おう、」

応えを返して、短く息を飲む。ひゅう、と喉が鳴いた。滲んだ視界の端に映ったコートは酷く明るい。






今青
突然に降ってきたキス。思わず見開いた俺の瞳が捉えたのは、レンズ越しの細い双眸。相変わらず開いてんだか、閉じてんだか、よくわからない。存外睫毛が長いんだなこの人、なんて思っていると、合わさった唇は糸を引いて離れた。薄く開かれた瞼から覗く男の黒い瞳に己の青が映っている。

「なんのつもりだよ、今吉さん」
「別に、うまそーやなぁ、て思うただけ」

ごっそーさん、と男は笑う。違うか、いつもの様に笑顔をみせただけ。男は愛している、と唇を歪ませた。それにおー、と投げ遣りに応えれば相変わらずやなぁ、と頭を撫でられた。

「心配しなくても、俺はあんたのモンだよ」





今青
「最強でおればええ」

男が言った言葉はすとん、と俺の中に落ちてきた。暗い深い海の底に一筋だけ、光が差した様な感覚。ああそうか、と思う。全身から鱗が剥がれ落ちた様な、清々しい気持ちだった。

(俺は、ただ許しが欲しかったんだ)

仕方無いから最強の座に俺を据えるのではなく、俺を、最強と望んでくれる事を求めていた。絶望を以て玉座を断ぜられるのではなくて、そこに座っていても良いんだよ、と許してくれる人を探していたのかも知れない。初対面で既にに、俺の泥を見透かしていた男は、正にその人だった。そう、だから、だから。俺は、この男の為に最強に固執する。みっともないと、笑われるかも知れないけれど、この椅子を誰にも譲りたくはなかった。男は俺に許しを与え、俺を救った。ならば、俺には何が出来るだろう。与えられた玉座を守る以外に、男に何を返せるだろう。

「なあ、今吉サン。俺があんたに、玉座をあげるよ」








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