あの人は俺に優しすぎる。ていうか、過
 保護すぎやす。俺だって、もう餓鬼じゃ
 ねェんです。自分のことくらい、自分で
 出来るし、女でもないんだから自分の身
 くらい自分で守れまさぁ。それなのに、
 いつまでも餓鬼扱いしやがって。ついで
 に俺は女じゃねぇ。つーか、あの人に優
 しくされたって気持ち悪ィだけだし。ま
 ぁ、何が言いたいかといいやすと。

 「風呂に入るときは誰もいないときに入
 れだとか、上半身裸のまんまで屯所内を
 うろつくなとか、挙げ句の果てには自分
 以外の奴には肌をみせるな、なんてホン
 トいい加減にして欲しいんでさぁ。…聞
 いてますか旦那」
 「あー、うん、聞いてるよ。痴話喧嘩の
 内容をそれはもうばっちりと」

 旦那は、疲れ果てたように死んだ魚のよ
 うな目(いつものことだが)でうんうん
 と頷いた。何故俺がここにいるのかとい
 うと。土方さんと喧嘩して、朝の早くか
 ら屯所を飛び出してきたのだがとくに行
 くあてもなく、たまたま通りがかった万
 事屋へと土方さんに見つかる前に駆け込
 んだのだ。万事屋にいたのは旦那一人で
 、あの眼鏡は買い物、チャイナは定春の
 散歩にいっているらしい。万事屋に来て
 から、ずっとこの調子で旦那に愚痴をこ
 ぼし続けている。

 「どうすりゃいいんですかねィ」

 そう訊ねた俺に対しての旦那の気持ちは
 雰囲気のおかげで手に取るようにわかっ
 た。というより、さっきから同じ気持ち
 だろう。表情にすら出ているその気持ち
 は、呆れ。

 「どうすりゃって…仕方ないんじゃねえ
 の?それだけ愛されてるってことでしょ
 」
 「……」
 「つーか、そんなに嫌なら別れればいい
 じゃん」
 「え、」

 別れれば。旦那の口から言われたソレに
 驚いて目を見開き旦那を見上げる。その
 一瞬に出来た隙に俺の横に座っていた旦
 那に肩を押され身体を倒された

 「それで、俺にしなよ」
 「だん、な…?」
 「アイツなんかじゃなくてさ、俺に」

 逃がさまいといわんばかりに俺の顔の両
 横に置かれた手といつになく真剣な瞳が
 冗談と受け取らせてくれなくて。旦那の
 紅い瞳から目線を逸らせなくなった。急
 に変わった空気に戸惑いが隠せなくて、
 だんだんと近づいてくる旦那の顔にも気
 づかなかった。

 「銀さん、お客さんが…」
 「あ…」
 「!」

 ドサッとビニールのこすれた音がした。
 みると、買い物から帰ってきたらしい新
 八くんの姿。なんだか、数秒硬直してた
 かと思えば青い顔をして玄関に向かって
 叫んだ。

 「ひ、ひひ土方さん!ちょっと、待って
 くださ、…い」

 しかし、叫んだ制止の声は既に遅くて、
 玄関に続く廊下から顔を出したのは、さ
 っき愚痴っていた人物だった。

 「…土方、さん」
 「多串くんじゃないの。珍しいじゃん、
 何か用?」
 「…何か用、じゃねェェエ!万事屋っ、
 てめっ、総悟に何してんだ!」
 「まだ何もしてねーよ」
 「いいからさっさと総悟の上から退きや
 がれ!」

 怠そうに返事しながら、旦那が俺の上か
 ら退いた。青筋を浮かべ、物凄く機嫌が
 悪そうな土方さんが起き上がっている俺
 をじろりとみた。

 「…帰んぞ、総悟」
 「アンタに指図されたくありやせん」

 喧嘩していた間は、会話も交わしていな
 かった。それもたった数時間だけだった
 のだが、なんだかとても久しぶりに感じ
 た。
 そんな風に思ってしまう、自分のことを
 素直に喜べなくて。

 「…近藤さんも山崎もみんなお前のこと
 待ってんだ。今日くらい素直になれよ」
 「……」

 黙っていると土方さんが痺れを切らした
 ように俺の手をひいて立ち上がらせた。
 世話になったなとぶっきらぼうに言うと
 無理矢理連れて行かれてしまった。後ろ
 を振り向くと旦那が苦笑いをしていて未
 だに扉の前に突っ立っている新八くんが
 困ったような顔をしていたから、ぺこっ
 と小さく頭を下げた。


 * * *


 「ひじかたさん、」
 「…」
 「土方さんってば。もうどこもいかねぇ
 んで、離してくだせェよ」

 スタスタと歩く土方さんに合わせようと
 するのは、普段、普通に歩くのにも追い
 つかない俺には結構キツい。せめて手を
 離してさえくれればいいのだけれど。

 「土方さんっ、…ていうか、どこに行っ
 …!」

 いきなり曲がって、建物と建物の間に引
 っ張られていく。ある程度、奥に連れて
 こられると前触れもなく壁に身体を押し
 付けられ噛みつくようなキスをされた。

 「んう…っや、!」

 土方さんの身体を押すと、逆に抱き締め
 られてしまい、睨むことしかできなかっ
 た。それでも、身体は素直なようで、土
 方さんの体温を感じれば安心感が、そし
 てほのかに鼻を擽る煙草の香りが、余計
 に離れようとはさせなくて。

 ぱさっと黒髪が視界を支配する。耳元に
 吐息が当たってぴくりと肩が揺れた。

 「いい加減、機嫌直せよ」
 「…」
 「なぁ、総悟、」
 「、アンタが悪ィんですぜ」
 「あぁ、悪かったって」
 「……」
 「そうご、」
 「っ…!」

 ずるい。ずるい大人だ。そんな甘えるよ
 うな声で、耳に息がかかるように、話さ
 れれば俺が弱いことなんて知ってるはず
 なのに。ぞくっと背筋を震わせる。顔が
 熱いから、きっと俺の頬は真っ赤に染ま
 っているのだろう。

 「…ずるい、でさぁ」


 * * *


 屯所に戻ると誰もいなかった。首を傾げ
 ていると土方さんがくくっと笑った。
 連れていかれたのは一番広い宴会場。襖
 越しに騒がしい話し声が聞こえる。

 「お…やっと、主役の登場だな」
 「だっ…旦那?」
 「総悟!やっと来たか!みんな待ちくた
 びれちまったぞ。ほら、総悟、トシも早
 く座れ」

 襖を開くと中にはさっきまで一緒にいた
 旦那がいた。他にも万事屋のメンバー、
 姐さん。そして、近藤さんや山崎たちが
 いた。
 近藤さんに笑いながら隣に座るように言
 われ、まだ状況が飲み込めないままそこ
 に座った。土方さんも俺に隣に座ったが
 、このことは知っていたようで驚いた様
 子もない。

 「みんな楽しみにしてたんですよ。それ
 なのに沖田さんと副長ったら、朝から喧
 嘩しちゃったもんだから…」
 「……」
 「副長も!わかってて何で喧嘩しちゃう
 んですか」
 「…ザキのくせにぐだぐだとうるせェな
 ァ」

 土方さんが山崎を睨み付けると、ひっ、
 と怯えた声を出した。そんな2人を近藤
 さんが宥めている中、机に並ぶ、ご馳走
 をどう持って帰るかと話している旦那に
 疑問をぶつけた。

 「…旦那、このこと知ってたんで?」
 「ん?あぁ、あのときは知らなかったぜ
 。沖田くんが帰ったあとに君んとこのゴ
 リ…局長さんから電話があって来たわけ
 」
 「そう…だったんですかぃ」
 「それにしても沖田くん今日誕生日だっ
 たんだね。言ってくれりゃあ、祝いの言
 葉くらい言ったのに」
 「そうですよ。急に言ってくるもんです
 から、ケーキくらいしか買ってこれなか
 ったじゃないですか」
 「お前に買ってきたわけじゃないけどナ
 」
 「こら!神楽ちゃんっ」
 「…ふんっ」
 「…アンタら、去年も来てたような気が
 するんですけど」
 「…」
 「…」
 「…お、お前の誕生日なんか覚えてるわ
 けないアル」

 万事屋の3人があからさまに目線がおか
 しな方向を向いていた。横には、青筋を
 立てる土方さんとそれをみて顔を真っ青
 にしている山崎。そしてそれを笑いなが
 ら止めようとしている近藤さん。面白そ
 うに見物している隊士たち。みんながみ
 んな、違うことをしていて騒がしくてう
 るさかったし俺の誕生日なのに俺はそっ
 ちのけで、でもそんなことよりも楽しか
 った。一生に一度しか出会えない友人が
 、俺にとって何よりのプレゼントだ、…
 なんて。

 「…ふふ、」

 つい笑ってしまったら、その途端に全員
 が俺をみてきた。目をぱちくりとさせて
 いたら、近藤さんが嬉しそうに大声で言
 った。

 「それじゃ、お前ら!総悟に、」
 「ちょっ、ひじか…っ──」

 近藤さんの言葉を遮るように土方さんが
 いきなり俺の腕を引っ張った。突然声を
 上げた俺にどうしたのかというみんなの
 視線が刺さる。そんな中、唇には柔らか
 い感触がしていて。間近にある土方さん の顔にキスをされていると気付いたのと
 唇が離れるのは同時で、そのあとすぐに
 強く抱き締められて耳元に囁かれた。

 「誕生日おめでとう、総悟」

 と。顔に熱が集まっていって、真っ赤に
 染まった。手のひらを口元に押し当てな
 がらまわりをみるとその視線は俺一直線
 で。

 にやにやと笑う、いま俺をこんな風に
 し

 た男を全力で睨むと、いつものように悪
 態を吐いた。

 「死ね土方ぁあっ!」











 それでも僕は幸せです
  (だから安心してください)














 20100708
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