「…チューリップ」

 不意に後ろを歩いていた総悟が俺の服の
 裾を引っ張って立ち止まった。意外にも
 力が強かったそれ。なんの前触れもなく
 引っ張られたため、うお、と間抜けた声
 を上げて仰け反ってしまった。
 頭に浮かびあがる文句の数々は口には出
 さない。何故ならば、ぼそりと呟かれた
 総悟の言葉が気になったから。
 視界は空から降り続ける結晶のせいで白
 に埋め尽くされていて、自らの季節を主
 張している。いまは冬。誰だってわかる
 。
 故に総悟の呟きに疑問を抱いた。こんな
 時期に花なんざ咲いているわけがない。
 だったら、総悟は何をみたのか。

 「あ?チューリップ?」

 振り返ってみると若干、上目遣いの総悟
 が小首を傾げて(これはわざとなのか)い
 た。可愛いなぁ、なんて見当違いなこと
 を考えつつも総悟に問う。
 足元をみるが、花らしきものはない。

 すると、総悟が何かを指差した。示され
 た方向に視線を向けてみればそこにあっ
 たのはショーウインドーに飾られてある
 硝子で出来たチューリップ。

 俺がそれをみつけたと分かると総悟は可
 愛らしく握っていた俺の服から手を離し
 、すいすいと人を避けながら指差した方
 へと歩いていった。俺も続いてついてい
 くと、チューリップをみつめる総悟の横
 に並んだ。そのまま、じっと目を離さな
 い総悟を見下ろしながら先ほどから疑問
 に感じていたことを訊ねてみた。

 「お前、花なんて好きだったっけ?」
 「いいえ、別に」

 あまりにも素っ気なく返された言葉に更
 に疑問は深まる。

 「…なんか、よくわかんねえけど、」
 「?」
 「視界に入ってきたんでさぁ。そしたら
 、ちょいと気になっちゃいやして」

 近くで見てみたくなったんです。
 そう続ける総悟の顔はどこか楽しそうで
 。しかし、その理由を聞いても疑問は消
 え去らない。未だにはてなマークを散ら
 す俺だったが、まあいいかと諦めた。

 チューリップはまるで飴のようにツヤが
 あり天井からの光によってきらきらと光
 っているようにみえた。傍らには値段の
 札が置いてあって売り物だとわかった
 。
 店の全体をみてそういえば、ここはこう
 いったものが売っているところだったな
 と気づく。
 くしゅんっという音と共に目線の下にあ
 った栗色の頭が揺れた。

 「総悟、そろそろ帰らねーとまた風邪引
 くぞ」

 より一層と風が冷たくなってきて、赤く
 なった鼻を掠める。降りしきる雪は止む
 気配もなく、先ほどよりも多くなってい
 る気がした。
 このままだと身体の弱い総悟は風邪を引
 いてしまう。ほら行くぞ、と声をかけ、
 手にあった買い物袋を持ち直すとショー
 ウインドーの前から立ち去った。


 * * *


 次の日の夜。テレビをみていた総悟が唐
 突にこう言ってきた。

 「土方さん、今日は愛妻の日なんですっ
 て」

 仕事の書類の整理をしていた手がぴたり
 と止まる。へぇ、という声を洩らすと総
 悟は俺の前に来てにたりと笑った。

 何かを企んでいるときにするその笑みを
 向けられ、また何をするつもりなんだと
 総悟の口から出る言葉を待った。

 「愛してるって言ってくだせぇよ」
 「はぁ?」

 予想していたものとは遥かに違った言葉
 につい聞き返してしまった。

 「さっき、テレビでやってたんでさ」

 馬鹿言うな。今更、誰がそんなこっぱず
 かしいことを言わなきゃならない。情事
 の最中でなら、その場の勢いというか…
 俺も総悟も理性などなくなっているから
 言えるのであって、普段の生活でだなん
 て冗談じゃない。

 「ほら、早く言いなせェよ。それとも俺
 のこと愛してねぇんですかぃ」

 グイッと総悟を引き寄せるとそのまま抱
 き上げる。わっ、と驚いて俺を見上げて
 くる総悟に口元を歪ませた。

 「身体で示してやるよ」
 「、!」

 途端に総悟の表情はしまった、というよ
 うに変わった。だんだんと赤くなってい
 く顔をみて、俺は満足げに寝室へ向かっ
 た。

 「バカ土方っ、降ろせィ!」

 俺の手から逃れようと暴れる総悟をベッ
 ドに放り投げると悪態が飛び散るその煩
 い唇を塞いだ。








 TULIP
















 100811 修正
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