「せんせー、ばいばーい」
 「おー、気を付けて帰れよー」

 バタバタと玄関を出て行く女生徒たち。
 あれは、沖田のクラスの生徒だ。沖田は
 その整った顔立ちから女子にすごい人気
 がある。女子だけではなく、男子にも人
 気があるみたいでいつも沖田のまわりは
 生徒たちの姿でいっぱいだ。沖田自身が
 みえなくなるほど。もともと、男にして
 は背が小さい方で男子生徒からはほとん
 ど見下ろされてしまう。本人はそれをと
 ても気にしているようで沖田の前でそう
 ようなことを言ったあかつきには大変な
 ことになる。

 沖田が教室へ戻ると、窓側の一番後ろと
 いう誰もが羨ましがる席で突っ伏してい
 る黒髪がいた。

 「あ、まだいたし」

 沖田はダルそうにその黒髪に近付いてい
 った。黒髪の男は確か、土方とかいう名
 前だった気がする。沖田は基本、人の名
 前は覚えない。そのため、自分のクラス
 の生徒のことも覚えるつもりはないみた
 いで授業で当てる際にはお前、だのそこ
 にいるやつ、だのと言っている。
 この目の前にいる男、土方はどうやら寝
 ているらしい。あのうるさい中どうして
 寝れるのだろうか。それよりもこんなと
 ころでずっと寝ていられるのも困るため
 沖田は気持ちよさそうに寝ている土方の
 頭を軽くぺしりと叩いた。

 「おーい、起きろィ」
 「…ってェ…」

 土方は眉間に皺を寄せて物凄い不機嫌オ
 ーラを出しながら顔を上げた。沖田はそ
 の綺麗な亜麻色の髪を揺らして土方の明
 らかに不機嫌な顔を覗き込んだ。

 「!」

 すると、いきなり沖田の顔が視界に入っ
 てきて土方は瞳孔が開いている目をもっ
 と見開いた。かと思えば、顔を窓の方へ
 と焦ったように向けた。頬が赤いのは夕
 陽のせいなのだろうか。

 「え、と…ひ…じかたさん?」

 その様子に少し戸惑ったように合ってい
 るかわからない名前を呼ぶ。しかし、沖
 田が生徒の名前を呼ぶのはそうそう無い
 ことで、と言うのは名前を覚えてないか
 らなのだが。それなのに、目の前の男の
 名前は何故だかすぐにわかった。しかも
 、フルネームで。だが、おかしいところ
 がひとつある。自分でもわからないがど
 うしてか"さん"と付けてしまった。沖田
 は土方より年上で、先生が生徒に"さん"
 をつけるなんておかしい。男子にだし
 。

 でも、口が勝手に動いてしまったのだ。
 土方、のあとには必ず"さん"をつけなき
 ゃいけないような気がして。
 自分が発した言葉を不思議に思っている
 と土方は驚いたように沖田を見た。そし
 て、ふっと目をそらし悲しげな表情をし
 てその整った顔を歪ませた。しかし、瞳
 はどこか懐かしげな気持ちが浮かんでい
 る。
 それを見ると余計にわけがわからなくな
 ってきた。すると、土方が小さく呟いた
 。

 「……総悟」
 「、」

 それはとても懐かしい響きで、なのに聞
 き慣れていて。先生のことを下の名前で
 呼び捨てにするなんて普通は怒らなくて
 はいけないのだろうが、そんなこと考え
 る暇なく瞳から大粒の涙が溢れだしてき
 た。

 「っ!」

 ばっと土方に背を向けた。
 わけもわからずに流れ落ちていく涙にお
 ろおろとしているとがたんと土方が椅子
 から立ち上がった音が聞こえた。
 後ろを振り向こうとしたら煙草の香りが
 鼻を掠った。気付いたら自分より大きい
 男に包み込まれていた。

 「…土方さん…?」
 「っ…」

 沖田が名前を呼ぶと潔く身体が離れたの
 で土方を振り向いた途端、唇に何かが押
 し当てられた。ドアップにある土方の顔
 にすぐにキスされているんだとわかった
 。

 だけど、それは嫌じゃなくて寧ろ嬉しく
 …て。鼻を擽る煙草の香りにまたしても
 止まりかけていた涙が再び溢れ出す。

 「ん、っ…」

 名残惜しく離れた唇にまたしてほしいと
 、離れないでほしいと心のどこかで思っ
 いた。
 沖田が口を開く前に抱きしめられた。

 「、やっと…逢えた」
 「…ひじか、」
 「もうぜってえ離れねぇからな」
 「…」

 ───俺はこの人を失ってしまっていた
 ような気がする。
 もう失いたくない、置いてかれたくない
 。そんな気持ちが脳内を支配する。

 新しい教室。新しいクラスメート。その
 中でひとり、見慣れた黒髪がいた。初め
 てのはずなのに、それは毎日みていたよ
 うな不思議な感覚だった。


 そのとき、頭の中に記憶が入り込んでき
 た。
 黒い隊服に身を包んだ自分と、土方。

 怒鳴り散らされている自分。愛しそうに
 微笑みかけてくる土方。近藤と土方と山
 崎と、隊士たちと、みんなで笑いあいな
 がらわいわいと楽しそうに酒を飲んでい
 る。

 ああ、俺は──。

 瞬間、なんともいえない愛しさが込み上
 げてきて、目の前の愛しい愛しい恋人に
 抱き付いた。

 「土方さん…っ」

 一瞬、呆気にとられた土方がいつも自分
 に向けられていた大好きな笑みを浮かべ
 た。

 「約束、破んなよ」
 「破ってねーよ土方このやろー」








 君との約束














 100810 修正
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