観察


団長とシャルナークとで正規に例のサーカスの中へと入る。
受付でこれから行われる芸の説明が書いてあるパンフレットを貰い、まだ明るいサーカスの中で目を通す。
髪を下ろし、額に包帯を巻いた団長が舞台へと目線を落とした。

「例の女はクライマックスに現れるようだから、暇潰しだと思って観てみるか。」

「まあ、そうするしかないよね。
無いとは思うけど、興味惹かれる物に会えるかもしれないよ?」

「大体何故ワタシが呼ばれたか不思議よ。
こういうのはシズクの方が良かたね。」

興味をそそられない内容に隠していた本音を打ち明ける。
サーカスと言うのは、如何に他人に人間の腕と調教性をどのように見せるかを自慢するためのもの。
ワタシ達幻影旅団には必要もない娯楽である。
強いて言えば男よりもまだ女の観覧数が多いのは、自分の非力さを他人の技を見てこうなれたらいいな、と自分に願望を持たせる理解のし難い精神的欲求が生み出させているためだと思う。
恐らくそこまでには及ばないシズクだが、自らの持ち前とする天然、毒舌の性格である意味でこのくだらないサーカスを楽しむだろう事だと思う。
団長は今回のメンバーに人選的ミスを犯してしまったのだと思った。

「まあそう言うなよ。
どっちみちあの屋敷に居ても退屈だろう。」

言われて、言い返せなくて舌打ちをするのと同時に辺りの照明が消えた。
舞台を見やると不可思議な衣装を着た男が余興を始める。
周りの観客達は手を叩き歓声を上げた。
雑音に苛立ちが生じて、眉間に皺を寄せる。
くだらない。
ワタシは不快感を覚えてそのまま意識を閉ざした。


一際盛り上がる会場に目を覚ましてみるが不機嫌さは滲み出るばかりだ。
シャルナークが「そろそろだね。」と一人ごちた。
団長は薄っすらと笑みを浮かべて手を顎へ添える。
二人に倣ってワタシも例の女が出てくるだろう場所に目を向けた。
不機嫌は治らないままだ。

「皆様!お待たせ致しました!
我がサーカスの一番の大目玉 、不死の女神の登場だ!!」

最初に出て来た男が説明を施して扉の奥へ手を掲げた。
白い煙がそこに立ち込めて、ガラガラと檻が現れる。
角度で良くは見えないが、恐らく例の女がいるのだろう。
ぶくぶくと太ったタキシードを着た男が鍵を手に檻を開けた。
男は檻の中へと入って行き、そして白い手を掴んで出てきたのは衣装なのだろう、袖無しの白いワンピースを着た小さな女が出て来た。
太った男は、司会の男から普通の刀剣を受け取る。
客に見せしめる為に人型に模した人形を斬り、刀剣の斬れ味を披露する。
そして女の背後に回った。

「さあさあ、皆様ご覧あれ!
これが不死の女神の技にございます!」

震えている女は自分を守るかのように肩を抱いている。
それとは裏腹に、男は何の悪気もなく女の背中へ刃を突き立てた。
呻き声を上げる女は痛みに耐え切れずに地面に膝を付けては、蹲る。
それを見たシャルナークは「うわ、エグ・・・。」と、本心なのか、心許ないのか、そう感想を口から漏らした。
団長は何かを考え込むように女を黙って見ている。
やがて刀剣を引き抜いた太った男は、血の付いた刀剣を真っ白な布で拭き取り、満足気な表情を浮かべる。
それに苛立ちを覚えたのは何故か、自分にも分からなかった。

「さあ、ご覧ください!
傷を負った少女の体がみるみると治って行くではありませんか!
これぞ正しく奇跡!
さあさあ皆様少女に祝福を!」

鳴らされる拍手喝采。
一体化した会場。
女の奇跡。
交じり合った混沌の中、また太った男が女の白い肌へ傷を付けて行く。
聞き慣れない叫び声と飛んで行く血液と左腕。
ここから見える肉断面が生々しくも筋肉が流動する光景を脳裏に刻んでいく。
ギリッ、と口元が鳴った。


「皆様、これがいよいよクライマックス。
不死の女神の癒しの歌があなたの心へ奏でていきます。」

肩で息をする女の目元は濡れているように見えた。
無理矢理に笑顔を作る女は一度深く呼吸をして、それから口を動かした。
聞いたこともない歌が会場全体に響く。
いつの間にかワタシの苛立ちは無くなっていた。


「どう思う、団長。」

会場外。
シャルナークが団長へ意見を求める。
団長は考え込んでしまっているのか、シャルナークの質問には応えない。

「フェイタンはどう思う?
あの子の力について。」

「・・・あいつ、何か変ね。
歌唄う時は放出系でも傷の治り方は念でもなんでもないよ。」

「フェイタンが翻弄されるぐらいにはね。」

「どう言うことね。」

「・・・自覚してないのか?」

言葉を発さなかった団長が意味の分からない返答をする。
シャルナークも団長もワタシを不思議なものを見る目で見ている。
ワタシは少し殺気を出しながら二人を見返す。

「あぁ、もうそんなに怒らないでよ!
悪かった、悪かったよ!」

「・・・そう言えば、これから別料金になるが、彼女と会えるらしい。
会っていこうか。」

「・・・ワタシはどちでもいいね。」

それじゃあ決まりだな、とサーカス出入り口とは逆に裏手に回る。
足を運びながら先程の女神と呼ばれる女について考える。
歌は明らかに念によるものだ。
会場内を包み込むあの歌声は恐らく放出系。
そこまでは納得出来る。
しかし問題は始めの方だ。
あの傷の回復力は強化系よりも上回る。
一度凝で視てみたが何も纏うオーラがなかった。
不死になったのには理由があるのか、それとも生れつきなのか。
疑問は解消せず、余計に溜まるばかりだ。
それに、無理矢理に作ったあの女の顔。
とても・・・。

「不死の女神への面会はこちらです。
入場料として300万ジェニーを頂きますが宜しいですか?」

いつの間に着いたのかその女がいる個室の前へと来ていた。
団長が作り笑いを浮かべ、懐から札束を取り出しては太った男へ手渡す。
男は下品な笑いを漏らしたながら「前の人が面会所から出て来て5分経ってからお入りください。」との説明があり、男は何処かへ消えていった。
前、と言っても四組もの人間が並んでいる。
恐らく面会時間5分の休憩各5分と考えれば約40分は待たないといけない事になる。
待ち時間が長い。
いっそこいつらを殺してしまおうか。
団長が何も下さないので、なくなく目を伏せた。


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