序説



目を閉じて、目を開けて。
朝食を作って兄と食べて。
学校へ行って授業を受けて、友達と喋って家に帰る。
そして晩御飯を作ってまた兄と食べて目を閉じる。
毎日の過ごし方。
普通の幸せな過ごし方。
私は今の過ごし方に不満なんてないし、それに幸せな家庭とはこの事を言うのではないかと思っている。
私も兄も両親もそうなのだと思う。
それが私達の考えで、生活だった。
両親共に海外で働き、兄はコンピュータの仕事を何社からのオファーを受け持っており、基本会社からの呼び掛けが来ない限り家で過ごしている。
家族は本当に立派な人達だ。
私は高校3年生にもなるというのに未だに自分がやりたい事は見つからない。
何をしようか、何が自分に向いているのか、私にはまだ分からない。

「明日までに自分が将来何になるか、何をしたいのかについてのプリントを仕上げておくように。
持って来なかったやつは放課後まで居残りだ。
それでは解散。」

担任の先生からの課題を見つめていればいつの間にか教室内は人数が少なく、残っているのは私を含めて僅か数人だけとなっていた。
プリントを学生鞄に詰め込んで、
急いで廊下に出れば友達が教室に忘れ物をしたらしく取りに来ていた。

「リンはさ、進路決まった?
就職か進学か。」

「全然決まってないよ。
・・・ユキちゃんは介護士だっけ。」

廊下で話すまだ寒い三月始め。
幾分長くなった陽のある頃に、私達はお互いについてを語り合う。

「うん、うちのばあちゃんがさ体悪くなってきたからその手助けにって思ったんだけど、甘いかな。」

「立派な理由だと私は思うよ。
私なんかよりもよっぽど良いよ。」

「そうかな・・・。
リンは歌手目指さないの?
あの歌聴いたら全員虜になるよ絶対。」

いきなりの話題急変に戸惑う。
ユキちゃんとは何回もカラオケに行ったりと遊びに行った事はあるけれど、その度に言われていた事を思い出す。
最初は冗談かと思っていたけれど、本当だったようだ。

「いや、それはないでしょう。」

「ある!絶対にオファーが来る!
あと絶対専業主婦でもリンだったらいけるね!
家事好きだし、何より料理が美味しい!
そこら辺の男子ひっ捕まえて結婚しちゃえって!」

「ないよ!
あれは皆私をからかってたりとかあったからであって・・・!」

そうだユキちゃんは色々と勘違いをしている。
私は人生でモテた試しもないし、それに私に魅力なんて物はない。
私が言うのだから間違いはないだろう。

「リン、あんたさ・・・。
自分が学校中から人気あるの知らないでしょう。
この前だってサッカー部の主将に告白されてたのに。」

「え?」

「教室でさ、「俺と付き合ってくれない?」ってさ。」

「あれって冗談じゃなかったの?」

昼休みの昼食が終わった頃、皆が賑やかに過ごしていた所で確かにその言葉は言われた。
笑顔が明るいその男子はユキちゃん達と話していた私にそう言って来たのを覚えている。
私よりも随分と高い身長で、私の目線に合わせていた。

「冗談じゃないでしょうよ。」

「でもあんなに笑われゃ・・・。」

「あれは彼なりのユーモアだよ?」

ふと外を眺める。
段々と陽が沈んで行く空に焦りを覚えながらユキちゃんを見やると笑っていた。

「いいよ、行きなよ。」

「ごめんね!
また明日!」

廊下を走る私に手を振って教室へ入るユキちゃん。
今日のお別れだった。
階段を急いで駆け下りて、下駄箱へ辿り着く。
靴を履き替えて外へ飛び出す。

「(タイムセールに間に合わない!)」

あまり速くないもない足で懸命に走ってスーパーを目指す。
徐々に近付く目的地に息は切れ切れだ。
一つ角を曲がれば直ぐにスーパーへと着いた。
もうタイムセールは開かれているようで、早々に籠を準備した。
今日は魚をメインにしようと考えていたから鮮魚コーナーを見てまわる。
鮭が20%オフで、更に大根を手に持ってレジへ駆け込んだ。
接客の対応が素晴らしい女性の店員さんで、丁寧で素敵だと思いながら自宅へ戻る。
兄が待っているだろう自宅に鍵を差し込んでゆっくりと回せば容易にも扉を開ける事ができた。
ただいまと言えばおかえりと返ってくる。
これがなにより好きなことの一つだ。

「遅かったな。」

「友達と喋ってたら遅くなっちゃった。」

兄はパソコンを見つめながらそれ以上は何も言わず、ただただ両手をひっきりなしに動かしている。
私は取り敢えず鞄を置き、夕飯の支度に取り掛かった。
鮭を捌いたり、切ったりしては調味料を用意する。
すると、調味料が入っている開きには醤油がほんの僅かしか入っていなかったので、軽く手を洗い、財布を手に取った。

「お兄ちゃん、醤油がきれてるから買いに行ってくるね。」

そう一言兄に言った。
いつもの兄は分かったの一つを返事するのだが今日はいつもと少し違った。
雰囲気が兄の物ではないと、何故かそう思ってしまった。
戸惑っていると兄はいきなり立ち上がって私を抱き締めた。

「お兄ちゃん?」

「リン、気を付けてな。
それから母さん達から誕生日に貰ったペンダントをしていけ。
必ずお前を守ってくれるから。」

それだけ言うと大事に仕舞っている私の宝物である十字架のネックレスを持ってきては私の首に掛け、そして「これも持っていけ。」と学生鞄を渡された。
特別な日でもない、今から学校へ行く訳でもないのに何故だろうと疑問を感じたが、暗く染まった外界に焦りながら小さく手を振る兄の姿を見て外へと出た。
外は案の定暗かったから早く商品を買って帰ろうと思った時だ。
黒い背の高い男性が目の前にいたのだ。
ビックリしてその人に当たらないように避けようと言う時だった。
どすっ、っという音に腹部に違和感を覚えた。
それからじわじわと鈍い痛みが走ってきて道端に倒れる。
晩御飯どうしようとか、お兄ちゃんは今日どうするのかな、とかそんな呑気な事を考えていた。
赤い液体が自分の体の中から流れて行くのを見て、兄が付けてくれたネックレスに触れてゆっくりと目を閉じた。

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