情報



いつの間にか、私は眠っていた。
いつも知らない内に横になっている。
眠かった訳ではないし、それに、前後の記憶がない。
もしかして私は病気を患っているのではないか、と顔を軽く叩いてみるけれどそれで分かるはずもなく、無情に響く痛みだけが残った。
今周りには誰もいないようで、一人である。
どうやらさっきの広間ではなく、個室に近いような場所らしい。
一人で静かな場所は落ち着くには良い場所だけれど、知らない土地では上手く考えられない。
集中力向上のため掃除しようにも使い勝手が分からないし、それに綺麗すぎる。
ベッドから降りて辺りを見回してみるけれど、必要最低限の物しかない簡素で広い部屋だ。
扉一つ、窓一つ。
カーテンで締め切っている窓の外は、開かなくても夜だと分かるぐらいに真っ暗だ。
一体どれ程の時間気を失っていたのだろう。
サーカスからここに連れて来られてからの日数が分からない。
誰かに聞いてみようか、と扉の前に立つが、なんだかおこがましい。
少し悩む。
欲を言えばお風呂にも入りたい。
サーカスにいる頃は皆が私に対する扱いが粗末で、ゆっくりと入れていないからどうも落ち着かない。
私を着替えさせてくれた人には申し訳が立たないな、と落胆する。

「それよりも、人を捜さなきゃ・・・。」

いつまでもウジウジしていられない。
ここの情報を微量でも頭に入れないと我が家に帰れない。
もう推定2ヶ月も帰っていないのだ。
お兄ちゃんが心配しているかもしれない。
私は迷惑を掛けてこないように育てられたから誰にも迷惑を掛けてはいけない。
家族だろうと、他人だろうと。

「(私は必ず帰るんだ。)」

扉を押して部屋から出る。
暗く長い廊下は不気味であり、先が見えない。
怖いけれど、取り敢えず進もうと足を踏み出した。
誰かに会える事を願って。


私がまだ家にいた頃は4月の始めで、あれから訳2ヶ月経ったから恐らく今は6月だろう。
暖かい季節とは言え、夜は肌寒い。
私の手の3分の2程も隠れるブレザーを着て丁度良いぐらいだ。
指先で軽く袖を掴んで、壁伝いに歩いて行くと階段があり、その下からは灯りが漏れていた。
もしかしたら誰かいるのかもしれない、と未だに遭遇しない人への願いを込めてしっかりと一段一段降りていく。
灯りが近く、濃くなるにつれて下の状況が分かるようになる。
私が連れて来られて初めて見た場所だと気付き、緊張する。
今多い人数がいるのかと思って、こっそりとソファーとテーブルが置かれている場所を見てみると二人しかいなかった。
眼鏡を掛けた女の人と、私を撫でてくれた男の人だ。
二人共に読書中らしくページを捲る音だけが響く。
緊張をそのままに階段を下ると私に気付いたのか、女の人は本から顔を上げた。

「あ、目が覚めた?」

声を掛けられて、たじたじと首を縦に振る。
悪い人には相当見えなかった。

「んー、今普通だね。」

「シズク、それまだ禁句ね。」

「あ、そっか。」

淡々とした口調で話す女の人と、本から目を離さない男の人はそう会話をする。
私はなんの事か分からずに只々二人の会話を聞いて首を傾げるしかなかった。

「えっ、と・・・。」

「あ、そう言えばまだ自己紹介してないね。」

「あ、あの、えっ・・・?」

「私はシズク。
よろしく。」

「あ、リンです。
よろしくお願いします・・・。」

お辞儀され、お辞儀を返す一般的な挨拶をした後に考え込んだ女の人、シズクさんは向かいに座っている男の人に疑問を打つ。

「この場合この子は団長の所に連れて行くべき?」

「その方が得策ね。」

顔を上げずに男の人はそう返した。
団長、とはあのコートを羽織った男の人の事だろうか。
逆十字の十字架を背負ったあの人は不思議な感じがする。
だから印象に残り易い。
ふと、いつも十字架を掛けておいた場所を触る。
もう戻って来る見込みは少ないだろう、と悲しみが押し寄せて来ては二人に気付かれないように目元を拭った。
迷惑でなければ、サーカスまで道案内をさせてもらってそれから探そう。
見つけなければ、家には戻れない。

「フェイタン送ってあげれば?」

「何故ね。」

「もう少しで読み終わるんじゃなかったっけ?」

「・・・仕方ないね。」

「あ、いえ、お手数掛かりますし私一人で行きます、よ?」

本を閉じて立ち上げる男の人に向かってそう言ったけれど、その団長さんの所まで案内するべくどんどん歩いて行ってしまう。
シズクさんは「早く行かないと迷子になるよ?」と再び本に目を落とした。
後を追おうとした時には既に階段を登っており、駆け足になってその背に追い付いた。

「ひよこみたい・・・。」

シズクさんが初めて私に抱いた感想だったのだと後で知る事になる。


無言がひしめき合う空間の中を只ひたすらに歩いていた。
私をサーカスから連れ出した事に対してのお礼を言おうにも相手からしたらお礼を言われる立場でないかもしれないと、ずっとそんな事を試行錯誤する。
正義も見方を変えれば敵に見えるのと同じ原理だ。
悩みに悩み込んでいれば、前方に激突した。
驚いて顔を上に上げればこちらを向いたその人と目線が合ってしまい、すぐさま謝ろうと口を開こうとすれば右手を拳の状態で差し出された。
なんの事か分からずに固まっていれば相手から言葉が発せられる。

「これお前のか?」

手を緩められ、その物の大部分が現れてから私は気付く。
私の悩みの種の一つがそこにはあった。

「私の、です・・・。」

恐る恐る手を出せば迷いなく渡された。
もっと、じっくりとネックレスを見ると間違いなく私が首に掛けていた物で、思わず感動の声が漏れる。
感極まってさっき落としたばかりの涙が再度溢れる程だ。

「ありがとうございます!
あの、これをどこで?」

「あのデブが持てたのを盗ただけね。」

「デブ?」

「あの丸々とした厭な笑いしてた男よ。」

眉間にシワを寄せて歩き出した背中を再度付いて行く。
恐らくおじさんの事を言っているのだろうこの人はあまりおじさんの事が好きではないらしい。
そこは人それぞれだからあまり気にはしない。

「でも、本当にありがとうございました。
大事なものなんです・・・。
よく、私のだって分かりましたね。」

「最初会た時のものがなかたから分かて当然ね。」

なるほど、と感心の息が出た。
盗む事を職業とした人達は観察力があるのだと、そう理解出来た。
私の回りにはそう言う、観察する事に対して重要視する人が少ないから新鮮に近い物を感じる。
・・・兎にも角にも、大切な物が返ってきたのだ。
私はなんとかこの人の、この人達の役に立たねばならないと、必死に少し速い彼の後ろを付いて行く。
どんな事をしてもこの人達の役に。

「・・・ここに団長がいるね。」

「あ、ご案内ありがとうございました。」

一礼をして、顔を上げる。
他の部屋と何ら変わりがないように見えるその扉の前で、深呼吸をする。
いやに心臓が煩い。
また気絶でもしてしまうのではないか、と思考が巡る。
落ち着け、落ち着けと呪文のように心の中で呟く。

「・・・なにやてるね?」

「あ、いえ、その、なんだか緊張してしまって。」

待たせてしまっていた。
完全に待たせてしまっていた。
てっきり私一人で入るものだと思っていたから驚いた。
と同時に早まる心臓。
焦りが私を追い込む。

「だ、だだだ、大丈夫です!
私もいつかは一人立ちしないといけないんですから!」

「・・・別に取て食おうなんて思てないね。」

扉前で中々進まない足に喝を入れようと心を強く持つ。
ここの情報と家までの帰り、そして私の事を知るには団長さんに相談するのが早い。
それは分かっているはずなのに、その一歩を踏み出せない。
泣き言はもう駄目だ。
私にはどうする事も出来ないのだから。

「・・・好きなものはなんね?」

「え?」

「いいから答えるよ。」

決心が未だに付いていない時、そう唐突に聞かれた質問。
咄嗟に思い浮かべる私はそれ等を口に出す。

「えっと、歌と料理、それから掃除です。」

「好きな歌のジャンル。」

「なんでも好きです。」

「嫌いなもの。」

「虫、ですかね。」

なんの変哲もない質問を只、ひたすらに繰り返す。
ある程度の質問に答えたら会話が途切れた。
依然として意味が分からずに疑問を浮かべればその人は真っ直ぐに私を見た。
私もその人を見る。

「落ち着いたか?」

その一言を聞いて思考が止まる。
そして考えた。
もしかすると緊張していた私を落ち着かせる為に、他愛もない受け答えをしていたのだろうか、と。
そう思えばなんと不器用な人なのだろうと、自然に笑みが零れた。
初めて不思議な体験をしたあの日から笑った気がした。

「はい。」

「そうか。」

「あの、もし良ければお名前を聞かせていただけませんか?
私の事は好きに呼んでくれて構いません。」

少し私より高い彼を見上げながらそう言えば、彼は私から目線を反らせ、「フェイタン、」と答えてくれた。
私は改めてよろしくお願いします、と挨拶をして大分緊張が解れた気持ちで扉に手を掛ける。
恐らく、フェイタンさんは私に着いてきてくれる。
そう根拠もない事を思いながらゆっくりと扉を引く。
与えられた仕事をこなすように、扉は開く。
中は広い図書館のように、大きな本棚が敷き詰められていて、それと比例するように本が綺麗に収納されている。
私は歩を進める。
私の斜め後ろをフェイタンさんが歩いてくれる。
それに安心した。

「来たか。」

そう言葉が聞こえ、そちらに顔を向ける。
オールバックの、背中に逆十字で堂々と椅子に座って本を読む恐らく団長さん、の姿が見えた。
そして団長さんを守るように両サイドには着物にルーズソックスの女性と、着物を崩して着ている男性がいた。
私は袖を軽く握る。

「すいません、遅くなりました。」

深く一礼する。
そして素早く頭を上げて、真っ直ぐに団長さんを見た。
団長さんは暫く本を読み、そして閉じて私を見る。
団長さんは私に聞きたい事を、私は団長さんに聞きたい事を。
それぞれに理由を持っている。
権利はある。

「私は、団長、さんに聞かれた事には嘘偽りなく話したつもりです。」

「あぁ、それについては話は終わっているはずだが。」

「はい。
それで、お願いがあります。」

「なんだ?」

「私の、話を聞いてくれませんか?
迷惑でなければ質問に応えてもらいたいです。」

私の一番の願い。
この人達に私の事、家族の事、そして不思議な事が起こったあの日から今までの経緯についてを知ってもらいたい、それが今の私の願いだ。

「・・・いいだろう。」

「ありがとうございます。
それでは始めに、私は人に迷惑を掛けないように育てられて来ました。」

回りが一気に唖然とする気配を感じる。
でもそれでいい。
私も今混乱しているのだから。

「私の両親は外国で仕事をしていて滅多に会えない状況にいました。
だから私は幼い頃から兄と一緒に暮らしていました。
兄は私を一番に気に掛けてくれる人でした。」

話がズレているように思えるかもしれないが、これは案外重要な事だったりする。
私は見ず知らずの人達に私の情報を話しているのだから。
知らない土地、知らない人達。
この状況こそが私にとって常軌を逸しているのだから。
だから私はこの人達に知ってもらわなければならない。
私という存在を。

「今までを共に過ごして来た兄だったんですが、ある日可笑しな事を言ったんです。
なんの前触れもなく"気を付けてな"、と。
それから私は外に出た直後に腹部を刺され意識を失いました。
そして目を覚ましたらサーカスのおじさんに会ったんです。」

それから先はこの人達は知っている。
私を見に、サーカスを見物していた彼等なら容易に分かるだろう。
団長さんは手を顎に添えて考える態勢をとっている。
一分も掛からない内に私の視線に合わせる。
もうまとまったのだと感じた。

「恐らくそいつは念能力者だ。」

「念、能力者?」

「こいつの兄貴が、ってこと?」

私の疑問に被せるように女性が団長さんに聞いた。
団長さんも確信を持って「そうだ。」と答える。
聞き慣れない単語にもしかしてと、ある推測が生まれる。
それは極僅かな可能性だ。

「操作系寄りの特質系だな。
俺の予想が当たっていればだがな。」

「あの、念能力者ってなんですか?」

「そうか、知らないんだったな。
念能力者とは念を使える者達の総称のようなものだ。
念とは生命体が持つ生命エネルギーやオーラの事を言う。
それを自在に操る事が出来る者を念能力者と言う。
一般的に言えば超人や天才と呼ばれる類のものだな。」

聞いた事がなかった。
生命体、というのならば老若男女問わず、動物にまで備わっているという事でいいのだろう。
ならば私のすぐに治る体や、人を癒す歌は正に念のそれではないか、と思い率直に尋ねた。
もしそうならば、私は人なのだと言える。
私に希望が生まれた。

「私の、体も念なんですか?」

「・・・。」

一瞬、静寂が訪れる。
私の希望はあっさりと打ち砕かれたという意味を表していた。

「・・・念には四体行と呼ばれる基本能力がある。
纒、絶、練、発の四つだ。
それぞれ重大な役割がある。
その中でも発と呼ばれる能力にオーラを駆使して系統の力を発揮するものがある。
それは六つに分別され、強化系、変化系、放出系、具現化系、操作系、そして特質系とある。
お前の歌の力は放出系、つまりオーラを飛ばすことに長けている。
・・・と思い込んでいた。」

「と言うことは、私の体は・・・。」

「肉体が通常より早く治るのは強化系の特色が強い。
別に放出系が使えるからと言って他の系統が使えない訳じゃない。
しかし、それ程までの治癒力は不可能だ。」

力が抜けそうになった。
団長さんの話を聞く限り私は、只の化け物だと言う事になってしまったのだ。
軽く握った袖は、いつの間にか皺がつく程までの力になっていた。
やるせなく下唇を噛み締めて耐える。
もし私がそういう能力の元での体だったなら、私は人でいられた。
この思いをどこにぶつけるべきかが分からない。
私は目の前が真っ暗になった。

「・・・言いたい事があれば言えばいいね。」

ふと後ろから聞こえた声に、驚いて振り返る。
言っていいのだろうか。
私なんかが発言をしてもいいのだろうか。

「言わないと分からない事は沢山あるね。
それ口にしない方が迷惑よ。」

「あっ・・・。
ありがとう、ございます。」

言われてしまった。
でも、話は聞いてくれていた。
それで私はまだ、人でいられている気がした。

「私、私は・・・。
私は、人、なんでしょうか・・・。」

俯く顔に、視線が集まる。
難題な質問だったのかもしれない。
それはそうだ。
死んでも生き返る人なんて世界中探し回っても、一人もいることはしないのだから。
人じゃないなんて、私には当たり前でありそうなのだから。

「人間じゃねえの。」

「・・・へっ?」

あまりにもあっさりに、それでいて予想外な応えをもらい、間抜けな声が零れた。
そしてその着流しの男性を初めに、次々と声が上がる。
私は只々呆然とそれを聞くしかなかった。

「だってよ、それなりの形と思考持ってたら立派な人間だろう。」

「私もそう思うよ。
それに自分の意見言えてるし、まずその子は礼儀正しいし、気を使ってるからね。」

「人と言うものは一定の感情や理性、人格を持ち合わせたのを言う。
それさえあれば人間とは成り立つものだが・・・。
そう言えば深く考えた事はなかったな。」

それぞれの応えに耳を傾ける。
誰も私を化け物だとは言わなかった。
それとは逆に人だと言ってくれた事に嬉しさを感じた。
恐らく、世間は私を蔑むだろう。
私は、ここにいてもいいのだろうか。
家に帰れるまでを、ここに・・・。

「これが念の力によるものではないとしたら、実に興味深い。」

「全くだぜ。
それに面白いものも見せてくれたしなあ。」

「ノブナガ、まだそれは禁句だろ。」

団長さんは考え、着流しの男性は笑い、着物を着た女性は呆れている。
フェイタンさんはなにも言わない。
ずっと私の後ろにいてくれている。
人であろうとなかろうと、案外私は幸せなのかもしれない。


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