驚愕
「触るな!」
ばちん、と伸びた手を叩く。
後退しようと重心を後ろへやろうとした瞬間、背後から気配が生じる。
咄嗟に左へ転ぶように避けると、ジャージを着た眉なしの男が拳を振っていた。
めり込む床を見て距離を採るが、その男の姿が何処にもない。
目をこしらせながら警戒を払えば右から鉄拳が来る。
下へしゃがんで攻撃を避けてから両手で体を支えるべく床を掴み、右足を男目掛けて蹴るが、あっさりと左手で止められる。
舌打ちを零しながら左足も応戦に出るがそちらも捕まり、逆さ吊り状態になる。
スカートが重力に従い中身が丸見えにはなるがそんな事は気にしていられない。
「安心しろよ。
中身は只の、スパッツだ!!」
膝に力を込めて上半身を勢いを付けて起こす。
頭突きが目当てだったが、足を掴んでいた手を放されたお陰で不発に終わり、そのまま1、2回転してから地へ着く。
何もしない、自然体の構えを取ったのと同時に黒コートの男が「フィンクスやめろ。」と言う声の元で私に対する攻撃が収まったが、殺気は出っ放しだ。
短気な野郎だと、ふんと鼻を鳴らす。
「率直に問おう。
お前は誰だ。」
澄ました顔で、そう言う黒コートの男は恐らくここのボスだろう。
威圧感も他の奴に比べればあるし、何より頭がきれる。
こいつには逆らわない方がいい、と警戒心が鳴る。
「私の国では名を名乗るならまずお前らからなんだが、二回も自己紹介すんのも面倒だし、私は向こうから聞きゃ済むしな。
仕様がねえ。
さっきまでおどおどした感じで喋ってただろ?
あいつ、いや、私が。」
「そうだな。」
「そいつがリンて名前だ。
で、因みに私がラン。」
私が説明すると案の定、周りにいる奴等も黒コートの男も混乱している。
"私達"の関係は誰にも分からないだろう。
分かるのは精々兄ぐらいだ。
そう思っていたのだが。
黒コートの男が試行錯誤しての結果だろう。
私は耳を疑った。
「二重人格か、または他人、兄妹の精神の移りか。」
鳥肌が立った。
答えが的確すぎるからだ。
そう、怖すぎるくらいに。
冷や汗が背中を伝う。
「正解は後者だよ、お兄さん。」
私は一呼吸置いて答え合わせを始めた。
「元々私達は双子だ。
それも母親の胎内の中でだ。
・・・母さんの中からおぎゃあと生まれる前に、私が死んだんだよ。」
「片割れを助けても尚、と言ったところか。」
「・・・ご名答。」
敵に回したら厄介だ、この男。
足が震えてきた。
こんな感覚初めてだと、そう実感する。
別にこの男だけじゃない。
さっきまで気にはしていなかったが、こいつ等の中で私は恐らくぶっちぎりで最下位だ。
殺されなかった分だけマシなのか。
そう思えば肝が冷えてきた。
「かと言って私が姉で、リンが妹だと言う保証はねえ。
最近の医療は曖昧だからな。
兄妹の立ち位置なんて私はどうだっていい。」
「そうか。
ならお前ら二人は同等に接して良いんだな。」
接する、なんて気前の良い事を言ってはいるが実際そうではないだろう。
扱う、が静粛に正しい。
こいつ等はあのオヤジ達同様、私達を利用する気だ。
なんとなくだが、そう思う。
「いや、そこはちがうな。
私の方は荒く扱ってはいいが、リンには手を出すな。」
「ふむ、分かった条件を呑もう。」
団長!とだれかがそう叫ぶが右手で黒コートの男は制した。
危ない。
これで断られれば私はリンにまで害が及ぶ程に脱走していたことだろう。
物分りが良くて助かったが、恐らくこれも計算の内なのだろう。
全く侮れない。
「それではこちらの質問に応えてもらうが、いいか?」
「応えられないのはパスでいいな?」
「ああ、構わない。」
もうこれで暫く私達は何もされない事は分かった。
命の生命線はこいつらに委ねられたということになった訳だ。
私は警戒心を緩める。
「リンとの変わるまでの条件はなんだ?」
「条件って程のものはねえよ。
まあ、敢えて上げるなら、一つはリンが物凄くヤバイ状況に陥ったとき。
二つ、私自身がリンと交代しようとするとき。
そして最後の三つ目、リンが私と交代しようとするときだ。」
「リンはお前がいる事を知っているのか?」
「詳しくは知らねえだろうぜ。
多分知ってても「なんか変な感じがする」って感覚なんだろうな。
だから今の時点で三つ目は有り得ねえと思う。」
何食わぬ顔で団長と呼ばれた男は今頭の中で思考を巡らせているのだろう。
リンはともかく、頭が弱い私には無理なことだった。
そもそも考えて生きる人生は詰まらないとさえ思う程だ。
色んな意味で私達、兄も含め兄妹は似ていないと実感した。
「なるほど。
先程リンに聞いた質問も分からないか?」
「残念ながらさっぱりだな。
私は頭が悪いからな。」
「そうか、頭が悪いのか。
ならばこれはリンが言っていたことなんだが、あることをすれば集中力が増して思考も定まるらしいんだが、あることとは一体なんだ。」
「ん?あぁ、あれのことか。」
私は忘れないだろう。
儀式のように続いたあの一時の時間を。
長い時で二日も黙りっぱなしで、続けていたぐらいだ。
あれには兄も胸を抑えていたな。
まあ、こいつ等も変わったやつらが多いんだ。
そこは大目に見てくれる事を祈るしかなかった。
「あれは、だな。
うん、うん。
その、あれだ。
考えがまとまるまで、私、と言うかリンはな、菓子作りか部屋の片付けに没頭するんだよ。」
明らかに意味が分からんという雰囲気になった場面に、私は苦笑を浮かべる他に、選択肢がなかった。
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