窓辺の黄色
体育館の扉を開けたら人が蟻のように動いていた。
私は現実から逃避したい気持ちになりながら目を擦った。
次いでに頬も引っ張ってみたが痛い。
夢ではないようだ。
現実のようだ。
確かにこの中学へ入る時、説明としてバスケが有名だと聞いた事があったがこの人数は異常である。
意味が分からない。
私はちらりと先輩の方へ目を向けたが先輩は分かっているのか、いないのか、にこっ、と効果音が付くような笑顔を私にくれる事しかなかった。
そもそも私は今から何をされるのだろう。
手伝いとは主にどういう事をしなければならないのか。
取り敢えずスポーツドリンクでも作っておけばいいのか。
先輩に着いていく事しか今は出来ないが、これだけは言える。
面倒くさいと。
何故こんな汗にまみれた体育館の中、数時間もいなければいけないのか。
そもそも一般人で部活にも所属していない一年生がこんな所へ来てもいいのだろうか。
久しぶりに戸惑っている私を、先輩は微笑みながら選手の練習の邪魔にならないように掻い潜っていく。
私はそれに必死に着いて行くしかなく、先輩の背を追っていくが突然に肩に衝撃が来た。
誰かにぶつかってしまったようだ、と直ぐ様謝る為に声を出した。
「すいませんでした」
「いえ、こちらも見ていなかったので。
すいませんでした」
一礼して顔を上げれば色素が薄い人がいた。
ぶつかったこちらが悪いのに、その薄い人も謝ってくれて身構えが解ける。
共に再度一礼して別れたのだが、律儀な人だ。
まだ世界が腐っていないことを知って先輩の後を急いで追った。
「ミドリン、この子がさっき言った子なんだけど・・・」
やっとの事で先輩に追い付くと、誰かと話をしていた。
さっき、と言う言動を聞けば私を連れて来ると説明でもしていたようだ。
やはりしっかりしている。
「そいつか。
赤司がいない今を見計らうとは、桃井も中々侮れないのだよ」
眼鏡を押し上げる緑色の髪をした人は私を見ては直ぐに桃ちゃん先輩へ視線を合わせた。
と言うか、この眼鏡の人、身長が高い。
見上げるのが辛くなる程だ。
非常に面倒くさい。
強いて言えば性格も面倒くさそうだ、と根拠もないことを考えては話に耳を傾ける。
「私が一番信頼してる子だからさ、ね、お願い!」
「手が足りていないのは事実だからな、あいつに触発されていないのなら俺は別にかまわないのだよ」
「ありがとうミドリン!」
両手を合わせて桃ちゃん先輩は眼鏡の人にお礼を言って私の手を引く。
案外信頼されていると言う事は嬉しい物だと感じて、半ば引き摺られながらとある場所へ連れていかれた。
多分、こき使われるだろうから今日はテレビを見れないだろう。
そう覚悟した。
「桜にはね、ドリンクを作ってもらいたいから、これだけ作ってもらえる?」
「はあ、味の濃さはどのくらいですか?」
「少し薄めかな。
終わったら私の所に持って来てくれる?」
「時間が掛かると思いますが、分かりました」
桃ちゃん先輩は「よろしくね!」と一言だけ言って去って行ってしまった。
桃ちゃん先輩は「これだけ」、と言っていたドリンクだが、数えるのも面倒になるほどの量が目の前にある。
これはどうしたものか。
取り敢えず作業に取り掛かるしかないか、と一本一本に水と粉を分量良く分けていく。
水と粉が混ざり合うようにボトルを振って味を均一化させる作業を繰り返していけば、目の前を誰かがすっ、と通って行った。
物を言わさぬ鋭い眼孔の持ち主で赤だった。
少し会釈紛いの事をすれば、目が合った。
その人は私に何もする訳でも声を掛けるでもなく只々去っていく。
凄い人なんだろうな、と思ってまたドリンクを作っていく。
残り一本だけ。
結構頑張ったな、と自分を褒めて最後の一本を作り終えて桃ちゃん先輩の所へ持って行こうと足を踏み出した。
「桃ちゃん先輩、ある意味出来ましたが」
「ありがとう桜!
今からゲームするんだけど見ていく?」
「仕事はどうするんですか」
「少しだけなら大丈夫だよ!
青峰君も出るからさ」
桃ちゃん先輩は私を自分の隣立たせて試合を見るように促した。
大ちゃん先輩に見つかったら色々面倒なんだけれど、これもまた桃ちゃん先輩からのお願いとあらば試合を観戦することにした。
「今日のチームは少し新しいんだよ!」
「へー、そうなんですか」
流し目でメンバーを見る。
カラフルな人達だなと思って見てみれば、その中に一つだけ気になる色を見付けた。
あの日の先輩だと気付くのに時間は掛からない。
「窓辺の黄色い人だ」
「桜?」
桃ちゃん先輩の疑問符に応える事もなく、ゲーム開始の笛が体育館内に強く鳴り響いた。
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