一つ上



何の辺鉄もなく流れた一日が漸く終わる。
義務教育め、と少し恨みながら帰り支度をする。
本当に今日は何もなかった。
窓を覗いても雲がゆったりと流れるだけ、先生に約六回指名されるだけ、お弁当の中身も普通で、友達と交わす会話も最近流行っているものについてだけ。
特に変わった事はない。
何週間か前に運動場で歓喜が沸き上がっていた事以来本当に何もなかった。
まあ、不思議な事や面白い事が起きればそれはそれで面倒なこと極まりないのだけれど。
と、帰り支度を済ませて教室から出ようとすれば、教室に残っていた生徒全員から別れの言葉を言われる。
手を振りながら「じゃあね」と返して一人で帰路を歩んだ。
無心のままに帰ろうと、玄関前に来た時だ。
聞いたことのある女子の声が私の名前を呼んで、私は立ち止まった。

「桃井、先輩」

「桜今帰り?」

振り返った私の目の前に居たのは小学生の頃からの先輩。
スタイル抜群、気配りも良い。
一つ難点があるとすれば料理が壊滅的な事ぐらいだ。
そんな誰からも羨まれる先輩は私に手を振りながら歩み寄ってきた。
今日も美人である。

「はい、部活にも学校にもさして興味のない私には友情、努力、勝利とは無縁ですから即刻帰ります」

私がそう桃井先輩に返せば、困ったような嬉しいようなよく分からない表情をしては桃井先輩は笑った。

「相変わらずだね・・・」

「それはそうと私に何か用事でもあるんですか?
早く家に帰らなければ再放送の水○黄門を見逃してしまいます」

そう、唯面倒くさがって家に帰る訳ではない。
やる気がない奴はやる気のない奴なりの理由も健在するのだ。
毎週欠かさずに食い入るように水○様の活躍を心待ちにしては、紋所が出るまで眠さに耐えている。
いつ見逃してしまうのかも分からない緊迫感は癖になりそうなぐらいに密かに熱中していた。

「こ、古風な物見るね・・・」

「いえ、それほどでもありません」

何でもない風な表情をしながら桃井先輩の言葉を受ける。
しかしまだテレビに映るまでには時間がある。
私は先輩の私に対する要件とやらを聞く事にした。

「それで、私に用事とは?」

「あ、そうそう。
実は今人手が足りてなくて手伝ってほしいんだけど、駄目かな?」

小首を傾げる姿は捨てられた小動物のようで頼みを断りにくい。
私はどうしたものかと考え込んだが、先輩は未だに私の方を見ている。
目を逸らすので精一杯だ。
でも相手は長年からの先輩。
付き合いが長かったら頼みを引き受けるしかないだろう。
私も随分お人好しになったものだ。

「分かりました」

「ありがとう桜!」

「いえ、帰りに何か奢ってくれたらそれでいいです」

「えっ!?う、うん、頑張る・・・」

桃井先輩の表情はコロコロと変わる。
見ていて飽きないし、外見からでもそうだが様になっている。
こういうのがモテるんだろうな、と改めて自覚した。

「そう言えば桜呼び方変わったね」

体育館へ向かう廊下を歩きながら桃井先輩はそう言った。
小学生の頃はまだ幼く、何も考えていなかったから今の呼び方より大分崩れていた。
中学生ともなると上下関係が厳しくなると姉から聞いていたから固くなってしまったとも言える。

「嫌ですか?」

「嫌じゃないけど、違和感かな」

「直していいと仰るなら直しますが」

「是非とも直してほしいな!」

前方を歩きながら桃井先輩は顔だけを私の方へ向けた。
「前危ないですよ」と声を掛ければ急いで先輩は前を見て歩く。
まあ、今更になって呼び方を変えるのも変な話だ。
折角なので青峰先輩の時も前と同じ呼び方でいこうと決めた瞬間に体育館へ着いた。


一つ上












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