アップルパイの入った袋を片手に提げて、二日目の登校。
昨日受けたリクエストを晩御飯を食べた後に作ったのには両親は凄く驚いていた。
実際に昨日は二回もお菓子作りを行っているのだ。
しかも早朝と夜ならば不振がるのも無理はない。
質問のオンパレードだった。

「(昨日は大変だったな・・・。
パシリかとか、友達かだとか恋人が出来たのか、とか)」

まあ過保護すぎる様な両親でも私を思っての事だから嬉しかった。
苦い思い出しかない転校にも良い事が起きるんだなと実感して、昨日よりも遅い時間に学校へと着く。
生徒も多く、充実している学校に笑みが漏れて教室へと急いだ。
下駄箱から上履きを取り出すと何処からともなく黄色い声が聞こえてきた。
誰かかっこいい人がこちらへ近付いて来るのか、女子の甲高い声が段々と大きくなっている。
靴を仕舞って、上履きを履いて改めて教室へ向かおうと足を運ぶのと同時に何かにぶつかる衝撃が体を走る。
昨日もぶつかった事を思い出して顔を上げれば、昨日一緒に帰宅した黄瀬さんの姿がそこにあった。

「篠崎さんおはようっス!」

爽やかな笑顔は良く晴れた今日にはぴったりだと思いながら、一歩下がってから挨拶と謝罪の意味を込めて一礼する。
回りは先程の嬉々とした声に包まれており、黄瀬さんの背景には色んな女の子の姿があって、この現象は黄瀬さんが生み出した物だと気付くまでに少しの時間を要した。

「いやあ、朝練今終わったばっかなんスけど篠崎さんは今登校なんスね!」

軽く声に出して笑う黄瀬さんの話しを聞いてバスケには朝の練習がある事を知った。
なんでも此処、帝光中学校はバスケが色々と凄いらしい。
部員が百人以上もいると言う話しを昨日愛ちゃんに聞かせてもらった。
そんな大勢の部員がいる中でも特にずば抜けて上手い人達がいると言う。
運動が苦手な私にとっては羨ましいと言うか、馴染みがないと言うか。

「あ、その袋まさか昨日紫原っちが言ってたやつっスか?
確かアップルパイだったっスよね?」

考え事をしていたら幾つか黄瀬さんの話しを聞き流してしまった。
人が話をしている最中に物を考えるなんて非常識な事をしてしまった失態は気を付けなくてはならない。
間一髪とも言える疑問系を聞き逃してなくて良かったと首を何度も縦に振った。

「いやあ昨日のカップケーキまでなら分かるんスけど、まさかパイも作れるとは・・・。
凄いっスね篠崎さん」

感心した様な口調で話す黄瀬さんには悪いけれど、苦し紛れの首肯に気付いてなくて助かった。
一人で安心しきっていれば口を休める事もせず、黄瀬さんはまたも話し出す。
話題が尽きる事がない黄瀬さんはある意味凄いと感じた。

「昼にそれ渡すんなら食堂に来た方が良いっスよ。
昨日は食券の販売機が故障してたらしくて開いてなかったんスけど、直ったんで昨日のメンバーはそこに居るっスよ。
勿論紫原っちも」

それだけを伝えたいが為に立ち話をしていたのか、黄瀬さんは颯爽と去って行った。
何故最後に紫原君の事を強調したのかはよく分からないけど助かった。
リクエストを貰ったのは紫原君だったから本人に渡したい。
そして食堂なら、食後に食べれるしタイミング的には良いんじゃないかと思考すれば黄瀬さんにお礼をしたい。
黄色い声が無くなった下駄箱は静かになっていて、それに便乗する様に再度足を踏み出した。
交互に足を組み交わせていけばあっという間に教室に着く。
教室の扉をガラリと開いて自分の席へと近付いて椅子を引く。
左には顔を俯かせて寝ている青峰君、右には含んだ笑みを漏らす愛ちゃん。
筆記用具と紙を取り出して『おはよう』と書いて愛ちゃんへ見せると愛ちゃんは「おはよう」と返してくれた。
昨日と雰囲気が違う教室内に若干の違和感を感じて愛ちゃんに直接話を聞こうとまた紙の上に文字を乗せていく。

『どうしたの?』

「いやね、昨日の今日で話が早すぎるんだけど、とある噂が立ってるのよ」

話が分からず首を傾ける。
昨日は私が転校した日で、その日を境に噂が起こっていると言う。
何か珍しい事でも起こったのだろうか、と考えると黄瀬さんの話しに出てきた食券の販売機を思い出した。
壊れる事がそんなに珍しいのかと依然に首を傾けたままの体制でいれば愛ちゃんは何とも嬉しそうな顔をした。

「その噂がね、凜の声を聞いた人は幸せになれるって言うのが一つ目の噂で、もう一つが凜と紫原君は付き合っているんじゃないかって言うのが広まってるんだよ」

愛ちゃんが話した情報が頭にゆっくりと入ってきた。
それをじんわりと理解する頃には頭の中は真っ白になって、自分でも分かる程に顔が真っ赤になっていく。
茹で蛸の姿を思って、一気に落胆した。













[ 14/20 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -