約束



放課後の学校の中を見学しておおよその構造は理解出来た。
荷物を持ちながら歩き回ったせいか疲れが酷い。
教室に置いておけば良かったと後悔したが、紫原君にカップケーキを渡せたから良いか、と開き直る。
もう外は陽が暮れかけで、正直辺りに何があるのかあまり分からない。
バスケ部は活動を終えただろうか。
待ち合わせは校門前。
取り敢えず肌寒くなった季節へ一歩一歩踏み出した。
下駄箱に着き、上履きから指定の靴へ履き替えいよいよ外へ出る。
月がうっすらと見える空は綺麗で目を細めて校門を目指した。
今日起こった事を振り返る。
転校して、友達が出来て、喋って、笑って。
そして好きな人に出会えた。
一番幸せな日なのかもしれない、と再び目を細めて肩を揺らす。
集合場所に着いて、そのままに立つ。
人を待つなんて一体何年ぶりだろうか。
それだけでも嬉しいのに今私が待っているのは好きな人だから更に嬉しさが増す。
一生分の運を使っているんじゃないかと錯覚する程で、怪しまれない様に笑う。
本当に今日はいい日だと感じていると後ろから声が聞こえた。
複数で話している声で、賑やかな会話の様で頬が緩む。
私も声が出せたらあんなにも会話が弾むだろうか、と今では出来ない事を想像して悲しくなったけれどそれよりもいつか喋れるであろう自分に希望を持った。
鞄を持つ手に力が入る。

「(一秒でも早く紫原君と話してみたいな)」

高まる鼓動は苦しくなく、とても心地が良いものだった。

「お待たせー」

明るかった後ろが少し静かになって私に走り寄る人が一人。
大きな身長と安心するような声で誰かが分かる。
少し微笑んで見上げると頭を撫でられた。
今日でもう何回撫でられたか分からないが、嫌いじゃない。
寧ろ好きだ。
大きな手は暖かくてそれに癒される。
抵抗も何もせずに黙って撫でられるのを受け入れていると数人のグループが隣に立っていて先程と同じ賑やかな声を出した。

「おーおー、仲良いなお前等」

「本当に羨ましいぐらいっス」

そちらに目を向けると一人は青峰君と同じクラスの人がいて、後は知らない人達が三人いる。
皆が皆背が高いから圧倒されるんじゃないかと言うぐらいの迫力があった。
私は困惑や焦燥の様なよく分からない感情のまま事態をくまなく整理しようとするけれどパニックになって頭が上手く働かず、パンクしそうだった。
一ミリも動かないでいると紫原君が助け船を出してくれて一安心する。

「凜ちん紹介するねー。
こっちから見て右が、赤ちん、ミドチン、さっちんに黄瀬ちんねー」

私は青峰君を知っているからかどうかは分からないが紫原君は敢えて青峰君を紹介しなかった。
青峰君は気にしていないのか注意がない。
しかしそれよりも紫原君が折角紹介してくれたのに愛称が個性的すぎて誰だか分からない。
私は更に混乱した。

「紫原君、僕が入っていません。
そしてその紹介だとそちらの方は恐らく分からないと思うのですが・・・」

丁寧な口調と共に突然と現れたのは男の子で、私はその人には失礼だが驚いてしまった。
彼の言動から察するに、彼は元から此処にいたようだ。
紫原君は「ごめんごめん」と軽く謝っている。
それに見かねたのか同じクラスの眼鏡の人は溜め息を吐いていた。
掃除の時も思ったが、この人は固いイメージがある。

「自己紹介する方が早いのだよ。
俺は同じクラスの緑間真太郎だ」

緑間さんは眼鏡を押し上げて一気に言った。
緑間さんに続く様にそれぞれが自己紹介を始めた。

「私は桃井さつき。
よろしくね!」

「僕は黒子テツヤです」

「黄瀬涼太っス!
一応モデルやってます!」

「知ってるけど、まあ一応な。
青峰大輝だ」

「・・・赤司征十郎だ」

全員の名前を聞いて深く頭を下げて挨拶の意を示す。
最後に紫原君が私の紹介をした。

「篠崎凜で凜ちんねー。
皆虐めないでよー」

紫原君の声と共にまた頭を下げる。
私の声の事はもう耳に入っているのだろう、誰もその事について問いたださないから安心した。

「ねえ、もう帰ろうよー」

「そうだな。
女子が遅くまでいると家の人が心配するのだよ」

「つってもまだ時間的には大丈夫だけどな」

皆が一斉に歩き出す。
帰る方向が一緒なのだろうかと思考を巡らせたけれど直ぐに大勢の方が楽しいと言う結論に達して気にならなかった。
私と紫原君が先頭を歩く中、桃井さんが話し掛けてくれた。
驚いて肩が上がってしまった。

「篠崎さん、私達勝手ながら篠崎さんが作ってきたお菓子を食べたんだけど凄く美味しかった!
どうしたらあんなに上手く出来るの!?」

目を輝かせつつ桃井さんは私の目を見ながらそう言ってきた。
私が作ってきたお菓子と言うのは恐らくカップケーキの事だろう。
しかし何故桃井さんが私のカップケーキの味を知っているのだろうか。
私は放課後に紫原君に手渡した。
と言う事は紫原君は私が渡した物を桃井さんに分け与えたと考えるのが妥当だと言える。
桃井さんが"私達"と言ったのはまさか他にも食べた人がいると言うこと。
そこまで考えて私は冷や汗が出てきた。
初対面の人に食べさせてしまった。
桃井さんは美味しいと言ってくれたが、他の食べた人はどう思ったのだろう。
嫌な言葉しか思い付かなくて黙っていると、急に紫原君が口を開いた。
今日は助けられてばかりいるような気がする。

「そうそうそれ忘れてたー。
凜ちんがくれたやつ食べようとしたら皆食べたいって煩かったから分けたんだー。
皆も美味しかったってー」

紫原君の言った事を聞いて全員を見渡す。
確かに私が作ってきた個数は7個。
一人一個の計算になる。
偶然の偶然に再度驚いた。

「はい、凄く美味しかったです」

「不味くはなかったのだよ」

「まあ作り方教えてもさつきには無理だな」

「青峰君それどういう意味!?」

「まあまあ二人共落ち着いて」

「煩いぞ黄瀬」

「俺だけ!?」

またも賑やかになった帰り道に少し笑顔が浮かぶ。
数年ぶりだと嬉しく思った後に紫原君をふと見てみれば目が合った。
お互いに微笑んで、すぐに目線を前に向けて歩みを進めた。

「凜ちん昔から得意だったよねー、お菓子作るの」

「そうなんスか?」

「ねえ凜さん、今度もし良かったら一緒にお菓子作りしない?」

いきなりの桃井さんの提案に戸惑いながら、でもそう言ってくれたのが嬉しくて頷いた。
「やった!」と喜ぶ桃井さんに笑顔が漏れる。
紫原君は私を見て「良かったねー」と頭を撫でる。

「せいぜい人を殺さない程度の物作れよ」

「青峰君酷い!」

「そうですよ青峰君。
言い過ぎです」

「事実じゃん?」

「篠崎さんと作るから大丈夫だもん!
ね!篠崎さん!」

これはもう友達でいいのかな?
ゆっくり首を傾げればまたも続く言い争い。
桃井さんのお菓子の腕前は知らないけれど、私自身もあまり上手い方ではないと思う。
約束をしたからには腕前を上げようと意気込んだ。

「凜ちん、俺アップルパイ食べたい」

リクエストをしてきた紫原君に笑顔で頷いた。
早速材料を買って家で作ろう。
明日はアップルパイだ。

約束













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