心配と信用
体育館入り口の前にやってきたのは凜ちんだった。
峰ちんの仕業とすぐに分かる。
どうせなら明日呼んでくれれば良かったのに。
峰ちんが俺の気持ちを知ってるとは思えないけど後悔しても遅いか、と俺は凜ちんに歩み寄った。
「どうしたの?
峰ちんに呼ばれた?」
少し間が開けば凜ちんは首を縦に振った。
やっぱりかと思うと、次はどうしようと考える。
昼の事を謝ろうかどうしようか、しかし別に好きでもない男に抱き付かれても嬉しくはないだろうと言う結論が簡単に出てきて少し項垂れた。
「あの時はごめんねー」
動揺していつもと同じ口調になってしまった。
この謝り方は皆から「全然申し訳なく思っていない」と言われる事が多い。
それなのに凜ちんは小首を傾げた後先程とは違い、首と手を横に振って焦った様な表情を出している。
凜ちんが口を動かそうとするが、直ぐ様に閉じて俯いた。
荷物を下に置いて鞄から筆記用具を探す。
俺は小学生の頃の凜ちんを知っているからなのかは分からないが、文字での会話はあまりしたくない。
凜ちんに近付いて俺は道具を取り出す手を止めた。
「えと、気にしてないってこと?」
慌てて口に出したのがこの言葉で、我ながら自意識過剰この上ない。
でも凜ちんは一つ首を縦に下ろした。
と言う事は当たっていたのだ。
それが妙に嬉しくて、心が暖かくなる。
「良かった、ありがとー」
頭を撫でて目を細めて笑えば、同じ様に笑い返してくれる凜ちんが本当に好きなんだな、と改めて実感する。
暫くそうしていると凜ちんは何かを思い出したかの様にまた鞄の中を探り始めた。
何を取り出すのだろうと待っていれば、出てきたのは袋に入ったお菓子で、それを俺に手渡してくれた。
よく見てみるとカップケーキで、昔を思い出して凜ちんを見る。
凜ちんは恥ずかしそうに頬を少し赤らめてはにかんでいた。
「くれるの?」
疑問を出せばすぐに肯定してくれた。
貰ってしまった。
何かお返しをした方が良いのか、と考えて今朝いつもより多く買ったお菓子が余っている事を思い出してそれを取り出す。
飴やチョコレート、スナックも入っている袋を広げて凜ちんの目の前に出した。
「お礼にあげるー」
凜ちんは最初は戸惑っていたが、更に強要すればおずおずと袋の中に手を入れた。
何かを取って袋から手を出した。
手に掴んだのは苺味の飴で、たった一つだけ。
「それだけでいいの?」
聞けばやっぱり微笑んで頷いた。
昔から思っていたが凜ちんは欲が薄い。
そこが良いところなんだろうけど、心配になる。
人を尊重しすぎるのではないか、と。
他人にばかり目が行って、自分の事はその次。
だから、いつか凜ちんは居なくなってしまうんじゃないかと考えた事がある。
実際に小学生の頃から今まで俺の所には居なかった。
だからもっと強欲になってもいいと思う。
自分の中が崩壊してしまわない内に、もう少し、ほんの微量でも欲を出した方が良いと。
「凜ちんは相変わらずだから不安。
今日、部活が終わるまで待ってて」
同じ目線にして問えば、答えは変わらない。
集合場所を校門前にして、別れた。
本当に凜ちんは相変わらず。
お人好しにも程がある。
久しぶりに会った同級生の男を信用するなんて。
前を向けばお馴染みの顔がそこにあって、溜め息を吐いて俺は頭を抱えながら体育館へ入った。
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