気付かれた



勢い余って抱き締めてしまった。
人を腕の中に納めると言うのは俺が覚えている中で無いに等しい。
だから昔から気になっていた子を人生で初めて抱き締めて良かったのだろうか、と今更になって思う。
五時間目、六時間目は不安で押し潰されそうだった。

「(嫌われたらどうしよう・・・)」

我ながら女々しいな、と思う反面仕方がないと自分を慰める。
凜ちんの表情は見れなかったからどうなのか予想を立てる事も難しい。
机に頭を預けるいつもの姿勢で考える。
右を向いているから前髪が視線の先を遮っていて向こうの物が見えない。
はあ、と溜め息を吐くと見えにくい視界に誰かが入った。

「どうしたんスか」

明らかな笑顔で俺を見るのは黄瀬ちんだ。
回りが女子の声で埋め尽くされてあまり良い気分ではない。
と言うより五月蝿かった。
ここのクラスに居れば毎回の如く聞こえてきて、酷い時には眠れもしない有り様だ。

「別に何にもないしー」

顔を逆に背けてやれば黄瀬ちんはそのままの位置で話し掛けてきた。

「篠崎さんの事っスか?」

今悩んでいる事を黄瀬ちんは的確に当ててきた。
俺が少し反応すれば黄瀬ちんは「やっぱりっスか」とまたあからさまな態度で対応してきた。
無性に腹が立って目を閉じて言い返す。

「そんなんじゃねえし」

「え、うーん。
まあそうっスよね。
じゃあ俺は部活に行って来るっス」

機嫌が良い声でその場を立ち去る黄瀬ちん。
はあ、とまた溜め息が出た。
もう放課後で、今日は凜ちんには会えないかもしれない。
謝った方がいいかな、と考え込むがそろそろ部活に行かないと怒られてしまう。
別に自分が向いているからそれをしているだけ、とバスケに対してはそう思うが、それだと凜ちんに対するこの気持ちはどうなのだろうと珍しく真剣に考える。
気になっているから悩む?
好きだからここまで考える?
よく分からないが、結局俺は小学生の時から凜ちんの事が好きなのは事実だ。
引っ越した後もずっと忘れていないのだからこれは間違いない。
頭も撫でたいし、何より抱き締めたい。
本日三度目の溜め息に眉を潜める。
謝るか謝らないかは明日はっきりさせようと、荷物を持って体育館へ足を運んだ。





「よう、紫原」

体育館入り口まで辿り着くと練習着の峰ちんが立っていた。
手にボールを持っている事から、外にボールが出たのだろうと予想が付く。

「うんお疲れー」

そう言って峰ちんを通り過ぎて行こうとすれば、声を掛けられた。
何だろうと立ち止まって振り返る。
峰ちんは薄く笑っていて右手でボールを弄っていた。

「もう少し此処に居れば面白い事が起きるぜ?」

「え、何ー?」

「それはまあ、お楽しみってやつだ」

肩に手を置かれて本当に面白い物が見れるかの様に笑って体育館へと入って行った。
何だろう、と今日は皆様子が可笑しいと思ってボーっと立っていたら程なくしてボールが床を叩く音と共に誰かが歩いて来る音が聞こえてきた。
軽く、慎重に進む様な足音。
黒い長い髪と揺れるスカートが目に付いた。
あぁ、謝るかどうか、さっき考えておけば良かったと後悔したのと同時に嵌められた事を知った。


気付かれた













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