引っ越しと思い出



目を覚ますと懐かしい天井があった。
数年前に引っ越して来てから一度も訪れていなかったこの地はあまり変わってなく、私は嬉しさと懐かしさでいつもより早く起きてしまった。
数日前までの嫌な思い出が甦るが、頭を左右に振って忘れる事にした。
お母さんもお父さんも私の為にこの家に戻ってきたのだと言う事を頭に置いて、身支度を始めた。
自分を隠す為に伸ばした髪を櫛で解かしながら寝癖を直す。
水で顔を洗い、歯を磨いてから今日から行く学校の制服へと身を包む。
少し早いかな、と思ったが遅れるよりは良いだろうとその上からエプロンを着た。
新しく買い換えたお弁当箱を出して、昼食を作る準備をしつつ家族への朝食を作る。
気分が良くて笑顔のまま作り続ける。
とんとんと後ろで歩く音が聞こえ、卵を焼きながら振り向くとお父さんが立っていた。
眠いのか足が少し覚束ない様に見える。
お父さんは「おはよう」とだけ言うと洗面所へと足を進めて行った。
次にドタドタと言う急いでいる様な足音が聞こえた。

「ごめん凜ちゃん!
寝坊しちゃった!」

寝癖だらけの髪のままお母さんがお皿を準備する。
大丈夫だよ、と笑えば「すぐ支度するから!」と父と同じ方へ走って行った。
賑やかな朝は、あの時と変わらない。
全てが狂ってしまった小学五年生の秋。
引っ越して何も得なかった。
中学生になったら変わると思っていたけれど、変わらなかった。
早く此処へ戻りたかった。
あの人に会いたかった。
涙が溜まる。
手で目を擦って頬を叩く。
もう私は向こうで過ごした自分とは違う。
向こうに居た人達が此処に来る可能性は低い。
今日から新しく生きて行こう。
もうあの人に会う事は叶わないかもしれないけど、まだ時間はある。
カップケーキでも作って昼休みに食べよう。
家庭科の授業で作ったカップケーキ。
あの人にあげた、初めての。
朝食の準備もお弁当も作り終えた。
もう一品作って学校へ行こう。
友達が出来たらいいな。
優しい友達。
そして私は人生二度目の転校をする。

引っ越しと思い出














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