俺の前の席の山添は化学が苦手だ。
科学の授業の時は必ずと言って良い程、首が少し傾く癖を持っている。
先生が教卓でチョークを持ち、黒板に結果と説明を書き込んで行く。
口頭での説明も加えるが、それでもまだ分からないようだ。
ノートに写していくが、理解は出来ていないのだろう。
未だ首は傾いたままだ。
色付きのペンで重要な所をまとめる等の方法で覚えていくのだと、この間言っていた気がするが、それでも化学だけは良い点数が取れないのだと笑いながら言っていたのを思い出す。
最近こっちへ引っ越してきた山添のテスト事情は知らないが、前の学校ではそれなりに成績は良かったらしい。
学年で三位だとか。
しかしそれでも科学だけは特別悪かったという。
山添が必死に書き込む姿を眺めているとチャイムが鳴った。
学級委員が起立を宣言するのと同時に山添が立ち上がる。
黒い長い髪がするりと、揺れた。
号令をして先生が去る。
筆記具や教科書を片付けていると、突然山添が振り向いて来た。
バスケの時、ラフプレーがバレてもなんとも思わないが、この時は驚いて心臓が脈打つ。
平然としているように見せ掛けるのには微量ながら苦戦した。

「古橋君、あのねさっきの化学で分からない所があるんだけど、教えてくれないかな?」

自分が書いたノートを、なにもなくなった俺の机に広げる。
このやり取りを数回、十数回と繰り返して来た。
俺はこのやり取りについて深く考えないようにしている。
そのことを山添には絶対に言わない。

「どこだ?」

「ここが分からないんだけど、本当にいつもごめんね・・・。
なんとか分かるように努力はしてるつもりなんだけど・・・。」

難しい、そう呟く山添に「そうか。」とだけ返す。
早速山添の言う、苦手な部分の説明に入る。
俺の近くで頷きながらペンを握る姿を見る。
山添が引っ越して来て三週間。
化学の終わりの休息に一つ、当たり前が出来た。
この気持ちにはまだ気付きたくはない。
気付かせたくもない。
だから俺はいつも通りに化学を教えている。








- ナノ -