昨夜、作り過ぎてしまった煮物を持って外へ飛び出した。
祝日の朝早くからわざわざ制服を羽織り、町を練り歩く私には目的が存在し、そしてそれはそのまま私の行動へと変えられる程の重要なことであった。
何事もこの原動力は大切であると思いながら課題には手が付かない不思議さを身に持って受けるが、気にはしていられない。
そんなことを考えるよりも先ずは目の前にある問題がなにより大切である。
学校が空腹の時間を指し示し、誰も彼も校舎にいない、正しくがらんどうのもぬけの殻と化すオレンジ色をした夕刻に帰宅して、大勢の主婦が見れるスーパーへ足を運び、カートの中へじゃがいもやら人参やら醤油やらの食料品を様々に入れていった。
籠の中はそれだけで山並みの量と化し、持ち帰るのに腕三本を必要とするのではないかと言う程だ。
重力が加算され、足を運ぶ一歩一歩の幅がいつもより小さいのはそういった理由からであり、決して家に帰りたくないなどとそういうことではない。
自然の摂理がそうさせていたのだ。
だから家に着いた頃には崩れ果てた私の体が玄関先にのさばっていた。
まだ春も上旬。
ところどころ寒い中、汗まみれになった皮膚をそのままに立ち上がりもう一踏ん張りとキッチンまでの道のりを目指す。
無造作に投げ出したビニール袋の中身からは色艶の良い大きめのじゃがいもが脱走し、また玉ねぎは人参の尻に敷かれ哀れでもある。
そんな中もう6時を過ぎている時計を見て慌てながらパックされている野菜を袋から外しては磨き、包丁を片手にその多くの皮を剥いて行く。
滑らかに滑るようになった野菜の中身を大きく、しかし一口大に切り込みを入れたり、そのまま完全に離したりを繰り返しながら水に浸す。
アク抜きをしている間に米を研ぐ。
濁りのある水は予め取っておき後で観葉植物に与える無駄のないリサイクルを送るのは我が家の昔からのルールであった。
だから米のとぎ汁は捨てない。
そのままスイッチを押した炊飯器をじっと待つ訳でもなく、次はオカズを重点的に作る作業へと移る。
肉を炒め、火の通りにくい野菜を入れながら焦げ目が付かないようにかき回して行く。
水で浸し、出汁と調味料を目分量で入れ、そのまま煮込んでいけば完成間近。
後は味を調え調節していけば完璧だ。
そうしてその料理をお風呂から出て来て食べ始める。
そうすれば丁度いい時間帯であり、親も帰って来るタイミングの良い、正に夜ご飯に適していると言っても過言ではない。
だから食べた。
家族団欒。
素晴らしい日本語がある食卓を囲んで煮物を食していたのだが、無意識であったのか明らかにまだ量がある。
作り過ぎてしまったと気付いたのはその時であった。
だから今こうして朝早くから出掛け、鉄塔に住んでいる彼の元までやや小走りで向かっていくのだ。
最近話題になった彼、鋼田一さんと話をしてからと言うものたまにではあるがこうしてお裾分けを持ち寄り交流している。
彼と話している時間は楽しく、花束を空高く舞い上がらせ落ちて来る花の美しさを空の下から眺めている、そんな印象を近頃思い浮かべる。
それは私ばかり思っているのだと思う。
彼の気持ちを聞いた事がないのは私がその質問をすること自体が億劫と感じるからだろうか、それともまた別の問題だろうか。
しかしこの事は時が来れば私から聞いてしまのだろうと、そう思う。
私のアテにもならない勘がそう言っているのだからこればかりは信じてみようと、目先に収まる鉄塔に笑顔で近付くのはまあ悪いことではあるまい。
私の中の何かがそうしているのだ。
逆らうことも、ましてや他の誰かに邪魔されることも出来はしないハズであった。

「鋼田一さん一週間ぶりですね!
昨夜煮物を作り過ぎちゃったので良ければどうですか?」

鉄塔の上、鉄骨の上にて魚釣りをしている彼に声を掛ければゆったりとした動きではあるものの確実に下へと降りてきては私の目の前へと地面に着地してくれる。
そうしてそのままはにかんで「ありがとう。」と言葉を送り、風呂敷で包んだプラスチックの容器を受け取ってくれるのだ。
彼は優しい。
前に仗助君達となにやら一悶着あったらしいが、暴力に訴える人物には到底見えないのだ。
だから仗助君達から聞いた情報には誤りがあるのではないかと疑ってしまう。
恐ろしさ半分、興味本位半分とで近付いた過去の自分に鉄拳を与えたい気持ちでいっぱいになったのを心の奥深くから反省した。

「いつもなんだか悪いね。」

「いえいえ私からの細やかな贈り物だと思ってくだされば良いですよ!
見返りなんてなにも求めていませんし、なんなら私の料理の腕の審査員になったつもりで食べてみてください!
それならばなに事も問題ないですから!」

鉄塔の外側にて地べたへ座る私に倣うように彼も腰を下ろす。
風呂敷の封を解いて備え付けた箸を手に取り、そのまま私が作った煮物を口の中へ放り込む彼を眺めながら内心ガッツポーズを取る。
それだけで嬉しい気持ちが湧いて来る辺り私は案外現金な輩であろうか。
家族以外の人物に手料理を振る舞える機会などないものだからか、鋼田一さんが食べてくれる、それだけで地獄の門番ケルベロスを素手一本で倒せるぐらいの気持ちの高ぶりは誰にも止められはしない。

「今回も良い味付けだ。」

「やった!!!」

そうしてとうとう体で表現してしまう。
「お前は随分分かりやすいヤツだよ。」そう友人に言われた言葉を思い出して笑いに耽る。
鋼田一さんも私の性格を分かっているようでふっ、と息を吹かれた。
私は最近この瞬間が好きである。
物をつまみながら他愛もない話を鋼田一さんとする、この時こそが私が送る生活の一部の幸せなのだった。





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