曇り空の下、一段と冷える街の中はヤケに静かだ。
周りに人はいるものの皆下を向いて歩いている憂鬱さが視界に広がる。
ため息さながらの息を吐いて待ち人を待つ時間が勿体ない。
今日も遅刻か、と刺客の仕事内容を確認しながら只管に待っていれば隣に立つ人影が一つ。

「お兄さん新聞いかがですか!!」

距離も近いと言うのに大声を張り上げてくるソプラノに咄嗟に耳を塞いだ。
いつも何処にでも街に出没するコイツは本当に神出鬼没で、俺が相手を待っている時や、街に出たりすると決まって現れる。
どれだけ離れていようとも、どれだけ近くてもその声量は変わらず、叫んで来るのが耳に痛い。
おまけに普段笑顔を貼り付けている為考えが読めない能天気と来たものだ。
厄介なヤツに纏わり付かれてしまい頭を抱える日々が続く。
マジェントよりも嫌なタイプだ、と再度ため息を吐いた。

「お兄さん新聞いかがで「いらん。」

「でも今誰かと待ち合わせでしょ!暇潰しにいかが!!」

「金が欲しいだけだろう。」

手を振って相手を遠ざけようとするものの構わずちょこまかと俺の回りを飛び跳ねるように移りながら依然と新聞を買わせようとしてくる辺りが鬱陶しい。
五月蝿いし、目障りで、仕方がなく財布から数枚のコインを手に取り相手へ侍らせた。
「毎度!」と言いながら薄い紙の束を手渡しで受け取る。
英語でぎっしりと埋め尽くされた紙面を流し読みするも、これと言った内容のものは書かれていない。
興味も湧かず傍らに畳んで置いておけば仔犬のように五月蝿い口を閉じて笑顔でこちらを見つめる目と目が合った。
暇なヤツだ。
心で悪態を吐けば隣に移動しては居座られた。

「今日ね!ここにヤギが来るのさウェカピポさん!」

今日の売り上げのコインを手の内で弄びながらそう口を開くソプラノはなにやら楽しそうである。
どうせデタラメかなにかだろう。
やはり興味もなく適当に相槌を打った。

「ウチの家訓でね!『希望に手を伸ばせ』って言葉があるのさ!!
私はヤギが凄く好きなんだ!
だから今日はヤギを見る為だけにここにいるんだよね!!」

「仕事はどうした。」

「私フリーターだよ!!仕事なんて気ままにやるのさ!!」

「取り敢えず上司に締められろ。」

悪態が口から零れたのも気にせず、仕舞いには鼻歌を交じらせる強敵になにもかも考える事を放棄した。
相手から奏でられる下手な歌をBGMに空を見上げる。
暗い空にいつの間にか光が差し込んでいた。
晴れる模様である天気に首を傾ければいつの間にか隣に居たヤツはおらず、代わりにとマジェントがやって来た。
アイツから受け取った新聞を片手にマジェントへ投げ付けて文句を一つ出すと、顔を顰めるのは癖なのかなんなのか。
遅れたヤツが悪い事だけを忠告して歩を進めると、目の前には街中でまず見かけない生き物に出くわして歩みを止めた。

「あんな所にヤギ?なに?
どっかの農場から脱走したとか?」

「俺達には関係ない。
早く行くぞ。
列車に間に合わん。」

そうしてヤギを見過ごす。
果たしてあの大声を醸し出すソプラノはこのヤギを見たのだろうか。
今度は隣でマジェントが話し出す五月蝿さに耳を塞ぎたくなったのは、察しの通りだ。





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