「また寝ているのか・・・。」

店頭に置かれた簡易な作りの椅子に腰掛けては彼女は午後三時きっかりにいつも眠っている。
客の一人もいない花屋は彼女の、奏の店であり、趣味であるそうだ。
植木鉢に植えられた花が綺麗に揺れている。
こんなに立派に咲いているというのに誰も買っていかないなどどういう了見であろうか。
不思議で仕方が無い、と未だ私の存在に気付かず幸せそうに眠る奏を見る。
姿勢を正し、微動だにしない彼女は今日も可憐な女性だ。
彼女以上に大地を愛してやまない女性が果たして存在するのだろうか。
街中に落ちているゴミを捨て、自分で育てた花を自然の中に植え、素足で大地を踏むその尊敬すべき姿が、この世界中どこを探し回ったとしても私は彼女しかいないと思えない。
たまに客が入った時こそ花を切って花束にするものの、大地は彼女を嫌いにはならないだろう。
私も彼女を嫌いにはなれない。
寧ろこの私の感情は日を追うごとに強くなっているに違いなかった。
奏の頬に手を伸ばす。
触れて撫でても反応はないが、暖かさが伝わり安心が立ち込める。
ふわりと流れる髪も綺麗で美しい。
あぁ、本当に私はこの女性のことを・・・。

「愛している。
それしか言葉が見つからないが、本当に君が、奏、私は君が好きなんだ。
この想いが君に届くのは一体いつになるんだろうな。
待ち遠しい反面不安にもなるが、やはり君に伝えたいのだよ。
私は君に恋い焦がれているんだ。」

眠っている彼女には聞こえないだろうが、やめられない。
だが、目を覚ました彼女には言えないこのもどかしさが私を蝕んで離さない。
嫌われたくないのが第一に来るところが意気地が無く実に腹立たしい。
私はこんなヤツであっただろうか。
彼女の前だと自分が自分でなくなる。

「んっ・・・。
あ、フェルディナンド博士お久しぶりですね。
すいませんいつも寝ちゃってて。」

「いや、構わない。
私も今来たところだからな。」

ゆっくりとした動作で立ち上がる奏はまだ寝足りないのか、揺れる足取りで椅子を片付けた。
マイペースな彼女を咎める声も聞いたことはあるが、私はなによりそんな彼女が愛おしいと思う。

「今日も薔薇を買っていかれるんですか?」

私を見上げる彼女の優しそうな目と交わる。
この瞬間が幸せだと誰かに話したとすれば驚かれることだろう。
彼女のことを誰かに話す気など毛頭ないが。

「そうだな。
今日は綺麗な真紅色の薔薇がいい。
そういう気分なんだ。」

「ふふっ、分かりました。
いつもいつもありがとうございます。」

微笑む彼女は慣れた手付きで薔薇が植えられている鉢を袋に包んではまたゆったりとした動きで持って来てくれた。
それを受け取っては金を払い、すぐさま彼女から背を向ける。
第二の気恥ずかしいが私を邪魔しているせいだった。

「また来てくださいね。」

変わらない微笑みのある声で告げられる。
短い返事を返して足早にその店を去った。
私がいつも薔薇を買う理由を彼女は知らないだろう。
だからいつの日か君のために買っているのだ、と言える時が来るまで私は私のために口を開かない。
そんな自分を自身で殴りたくなったのは誰にも言えない秘密だ。





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