数ヶ月前に薬を止めた。
注射器で直接体内へ薬を流し込む作業を繰り返していたが、このままではダメだと思い自力で止めようにも止められなかった。
だからなんとか知り合って間もない知人の力を借りたお陰で今は薬をやっていない。
たまに幻聴や幻覚が見えたりするが、薬を打っていた頃よりは軽いと思える。
だが、高々数ヶ月で薬の効果は切れはしない。
未だにやりたくなってしまう衝動はあることはある。
そんな時にも知人が励ましてくれるのだが、果たして今目の前にいる知人は本当に実在しているのかが疑わしく思う日が多々あった。
いつの間にか俺の世話をするように家にいる時、いつも不審に思っていた。
タチの悪い俺の幻覚かも知れない、とコーヒーの豆をゴリゴリ硬い音を立てながら挽くのをソファに横たわりながら、そしてアイツを見ながら聞いていた。
確か名前は、そうだ。
奏と言っていた。
記憶が正しければまだ薬を打つ前に俺に声を掛けてきたのが始まりだ。
しかし、本当の記憶ならば、だが。

「コーヒー、飲む?」

振り返った奏と目が合う。
一瞬動きを止めた奏が腰を持ち上げて俺へと近づいて来るのを黙って眺めていた。
それほど俺が訝しげな視線を送っていたのだろう。
足音をあまり立てるタイプではないから音が聞こえない。
これも怪しい点であるし、立ち止まって俺の手を握る手の温度も微妙で分からない。
だから疑わしいと、不満になってしまう。
今体のどこにも異常はない。
それが異常なのではないかと感じる程実は重症なのだと知る。

「生きてる?」

「多分、生きてる・・・。
お前は?」

幻覚かもしれないヤツにこんな事を聞いても無駄なのだろうが、聞かないと落ち着かない。
コーヒー豆の香りが部屋を漂って鼻腔を通る。
何故か穏やかになってしまうのは、何故だろうか。

「生きてる。
ちゃんとここにいる。」

握られた手を頬へ持っていかれた。
手とは違い、暖かい体温が直に伝わりあぁ、本当に現存しているのだと泣きたくなった。
こればかりは嬉しくてため息が溢れる。
俺も奏も生きていた驚きと安心感で一度だけ目を閉じた。

「コーヒー、飲むよ。」

「オーケー分かった。」

なんとなく名残惜しそうに手を離されると、今更になって手の温度を確かめさせられて感動した。
あぁ、本当に、生きている。
静かに息を吐いて香りの濃くなったコーヒーが近くのテーブルへ置かれた音を聞いて、ゆっくりと起き上がる。
湯気の立つ、生きているコーヒーを一口、口内へ含めば優しい味がしてまた泣きそうになった。





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