油断した訳ではなかった。
ハンターとして周りに警戒をしつつ実態を見極めていたのに、いつの間に縄張りに入っていたのか、避けるよりも早くその子の正当防衛を受けて、頭部を負傷。
そして崖から落ちて足を挫いた。
幸い森の中での落下であったからそれ以上の傷はなかったけれど、頭の怪我は血が止まる事無くだばだばと流れ落ちる。
念を使おうにも上手く発動出来ない。
もう私は駄目なのかもしれない。
視界が霞む。
この状況を先生が見たら冷酷な声で私を叱責することだろう。
でも、もうそんな先生の怒りの声も、友人の恋い焦がれる想いももう聞けないのだ。
少し寂しい、と走馬灯まで流れて来そうな雰囲気で瞼も重くなってきた。
私はもう無理なようです。
散らばった紙の束が後から落ちて来て、ふかふかの草木の上で目を閉ざした。
それがいかにも幻想的だった。


・・・・・・・・・


頭に、違和感がある。
長い布か何かで巻かれているみたいだ。
ゆっくりとだけれど目を開ける。
目だけを動かして状況を把握しようと務めた。
空は暗いようで良くは見えないが、確かに私の隣には誰かがいる。
蒔きをくべる音と、着火の音でぼんやりと目前が明るくなった。
私の隣にいる人物は私の視線に気付いたのか顔を向ける。
見たことがない人だった。

「あの・・・。」

「いや、動かないで。」

上半身を起こそうと腕を立たせようと準備をすればそれを制する人。
揺れる頭を支えて大人しく従った。
私は確か対象生物に防衛されて下へ落ちて、それから・・・。

「生きて、る?」

声に出したのは確認の為で、私はそれから無条件に流れて来る涙を必死で手で拭いながら生への喜びに浸った。
恐らく、私はこの人に助けられたのだ。
お礼を言わないといけないのに、嗚咽のせいで言葉にならない。
相手は困るだけなのに涙が溢れて来る。
止まらない。

「あ、え、と、これ使って。」

明らかに動揺した声で、私の目前に差し出すのは無地のハンカチ。
おどおどと慣れない手付きでハンカチを受け取り、申し訳なく思いながら使わせていただいた。
どんどん水気を含むハンカチは色を濃くしていく。
泣き止むまで、私と彼との間に会話はなかった。

「・・・あ、えと、ごめんなさい。
勝手に、泣いてしまって・・・。
ハンカチも・・・。」

「いや、いいんだそんなこと。
当然の事をしたまでさ。」

依然と体を横にしたままの状態で彼に目を向ける。
髪を一つに束ねた、身長の高い男性だ。
こんな場所に一人でいるところを見ると、恐らく彼もハンターなのだろう。
かなりの使い手である事が分かる。
私は顔を少し覆いながら彼のハンカチを握りしめた。
危険な人ではない、良い人なのだと分かっていても私の性格上他人には慣れない。
自分の性格が酷く恨めしいと感じた。

「あの、ありがとうござい、ました・・・。
手当てとかを、あの、本当に、ありがとうございます。」

「礼を言われる程でもないさ。
それよりも、気分は大丈夫か?」

「あ、は・・・、いえ、まだ頭がふらふら、します・・・。」

内向的、消極的な私は知らない人と会話するのが苦手だ。
どうも吃音が混じってしまい、上手く話せずに相手に不快な思いをさせてしまうのがどうしようもなく嫌いだ。
性格を治そうにも治せない。
歯痒い気持ちでいっぱいになり、死にたくなる時もあった。
友人の、恋に対するあの姿勢が羨ましい。
私もあんな風に真っ直ぐでいたかった。
私はまだまだ私のようです、先生。

「多く出血していたからまだ安静にしておいた方がいいらしいな。
・・・ところで、何故君はこんなところに?
ハンターの仕事かなにかか?」

「あ、はい。
わ、私、ゆ、UMAハンターで、ある人のUMAの観察をした本を見て私も、その、その人のようになりたくて今、本を追うように活動、している最中で・・・。」

「同じだ・・・。」

「えっ?」

「俺もUMAハンターだ。」

そう言って微笑む彼に心臓がなる。
驚いて咄嗟に顔を隠す。
失礼な行為をしてしまった。
いつもなら冷たい罵声でも浴びせられるのだが、何も言われない。
それと同時に優しい人だとも思った。

「す、すいません!
わ、わわ、私人見知り激しくて!」

死にたい。
物凄く羞恥の為に死にたくなった。
今ここに知り合いを召喚出来るなら迷わず先生を喚びたい。
羞恥を浴びるより怒りをぶつけられた方が気が楽だ。
修行中に耐性が付いたのは唯一自慢出来るところだった。
だから先生、お仕事でお忙しいのは分かります。
でも助けてください、私は今の状況に耐えられません。
負傷してたまたま助けてくださった方が偶然にも同じ種類のお仕事をなさる人で、しかも私を罵倒しない優しい人であって・・・。
こんな事が初めての私が恋に落ちるのなんて容易な訳で。
だからその凍てつく視線で私を殺してください先生!
恥ずかしくて耐えられません!

「別に気にしないが?」

「ふぇっ!?」

変な声も出てしまって更にこの世から消えたくなった。
取り敢えず分かる事は今日が色んな意味で私の命日だと思う。
恋愛とは無関係で生きてきた私だったが、こればっかりは感謝をしよう。
もう私に悔いなんてない。
そう思いたい。

「自分の短所を見れる事は良い事だし、それにそこを治そうという姿勢もあるところは素晴らしい事だと俺は思う。」

あぁ、神様。
すいませんでした。
羞恥の為に死にたいなどと言った私が馬鹿でした。
彼の言う通りです。
私はどんな手を使ってでも性格を改めようと思います。
彼が微笑んでいてくれる内は私も頑張れそうな気がします。
取り敢えず世界にありがとう。
私は生きて友人に会って恋の素晴らしさについて語り明かそうと心に誓った。

「ありがとう、ございます。
あの、すいませんがお名前を、お名前をお聞きしてもいいですか?」

「そう言えばまだだったな。
俺はシュート。
君は?」

「私は、奏と申します。
えと、一つお伺いしてもよろしいですか?」

言葉が詰まる。
勇気を出せ私。
これまでの一ヶ月間の努力を無駄にするのか。
カメラは腰に提げているポーチの中に入っているから問題はないけれど、手書きのレポートは負傷するまで手に持っていたのだ。
落下して数百枚の紙は散らばってしまい、意識を失う寸前に回りにあったのは数枚しかなかった。
もしかしたら、と思い運良くシュートさんが持っているのかもしれないと、それだけを聞こうと、数十秒も時間を有してしまう。
自分を変えろ。
聞かないと後悔するぞと心で唱える。

「あ、の、レポートを、知りませんか?
手書きで、絵も描いてある、ものなんですが・・・。」

「あぁ、それなら・・・。」

これか?と目前に差し出されている紙の束は正しく私の字と絵であった。
目を丸くする私とは対照にシュートさんは申し訳ない表情を取る。
どうして貴方がそんな顔をするんですか、と言おうとすればシュートさんの方から口を開いた。

「応急手当てをした後に回りに落ちていた資料に目を通させてもらってな・・・。」

「もしかして、読みました?」

あぁ、と短い返事が返って来る。
私はこれまでUMAの生態を書き記したレポートを人に見せた事がなかった。
何故書くだけ書いて人には発表せずに持ち歩いていたのか、それには理由がなかった。
絵が下手であるから、歪な文章が並んでいるから、などは多少なりともあったのだけれど、いずれは公に発表するつもりであったし、人から見られる覚悟で書いたのだから後悔はない。
寧ろ読んでくれて嬉しかった。
初めてがシュートさんで本当に良かったと一人、くすりと笑う。

「いえ、いいんです。
寧ろ読んでくださってありがとうございました。
あの、感想をいただいても宜しいですか?」

いつの間にか緊張はほぐれていた。
仕事の内容だからなのか気楽に話せて安心する。
友人と一緒にいる時のように自然な表情を出せている様な気が した。
シュートさんも申し訳ない表情から柔らかみのある表情に変わってまずは、と感想を言ってくれた。
私のちぐはぐな文章の訂正を指摘してくれたり、時間に沿っての生態活動を褒めてくれたりと色々話してくれた。
今日初めて会って間もない人と話が弾む事は前例がなかった私だが、一目惚れの作用なのか凄く楽しいと感じる。
このまま時間が止まってしまえばいいとさえ思える程に私は幸せだった。
しかし、夜も深まって来た頃。
人間にとって最大と言える欲が襲って来たのだ。
そう、睡眠欲だ。
普段なら三日ぐらいは寝なくてもやっていけるのだけれど、怪我も合間ってか眠気がやって来た。
嫌だな、もっと話していたいのに、と目を擦る。
シュートさんはそんな私に気付いたのか、ばさりと自分の右腕よりも長い左の袖を横たわる私の体に取って被せた。
悪いと思って声を掛けようとシュートさんを見れば、彼の能力なのか浮いた左手三つと籠があり、それとは逆に彼の左手がなかった。
驚いても尚眠気は取れなかったが、私は始め言おうとした言葉を取り消した。

「シュートさん、左手、ないんですね・・・。」

「もう慣れたさ。」

「いえ、そうではなくて、私と・・・、私と、同じですね。」

疑問を浮かべるシュートさんを見て笑う。
場違いな事ながら、私は彼との二つ目の共通点に嬉しくなったのだ。

「私は元々右利きだったんです。
病気で使えなくなってしまった、と言っては少し違いますが、物や物体を掴んだりは出来ても、それ以上の力を出す事を禁じられてしまって・・・。
だから必死に左手を使えるようにして文字や絵が右手と同じくらい書けるようになったんです。」

「私はシュートさんと逆の手が使えないんですよ。」と加えて言ってから、シュートさんの右手の小指を右手の力のない手で掴む。
いつもの私なら異性に触る事さえしないのに、と頭の隅で考えるだけの意識はあったが、全て眠気に負けてしまいそうだったのでよく覚えていない。
でもこの時の私は頑張っていたと自負をする。

「私が、眠るまで、こうしていて、いいですか・・・。」

「構わない。」と聞こえた気がした。
そのまま眠りに落ちそうな意識の中で私はシュートさんの小指を軽く力を入れて握った。

「同じ、ですね・・・。」

綺麗で長い指だな、と思いながら安心する、柔らかい雰囲気に抱かれて私は眠りに落ちた。





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