仕事の都合で訪れた国に、必ず訪れる家がある。
一軒家の古い、しかし綺麗であるそこに意識もせず、血だらけのまま玄関先で待つことなど稀ではない。
錆びた血の匂いと痛みを共に、真夜中に扉をノックすれば数十秒も経たずに開かれる。
重いドアの隙間からは灯りと小柄な女が顔を覗かせていた。
驚きつつも綻ばせるその表情が愛おしくて堪らず頬へ手を伸ばすと、勢いをつけて腕を背に回される。
血の香りに女の匂いが乗って来た。
そうだこの暖かみだ、と随分懐かしくなった。

「汚れるぞ。」

「貴方に汚されるのならば構いません。」

そう告げられると気が狂ってしまいそうになる。
真っ直ぐなその言葉はいつも俺をおかしくさせるのだ。
それをコイツは分かっているのか分かっていないのか、俺には理解出来ないがとても心に響くようだった。
暫くをそう抱き合って時間を過ごしていると突然腕を緩めて家の中へと案内される。
玄関の扉の鍵もチェーンも付け、手を引かれるがまま足を動かす。
リビングまで来ると次はソファへ座らせられた。
すぐに戻ってくると言い残されたと思いきや、本当にすぐ救急箱と共に現れる。
準備が良いというよりしっかりしているその性格が個人的に気に入っていた。
せっせとガーゼに消毒液を染み込ませる手や服には先程俺に抱き付いた時の血が付いている。
少しだけの優越感に浸りながら腕を差し出した。
痛々しそうに顔を歪めている。
それもやはり愛おしかった。

「傷、増えますね・・・。
あまり無茶はしないでください。
無理な話なのは承知の上なんですが、やっぱり、心配してしまいます。」

ガーゼを傷口に押し当て、涙を目尻に溜めているコイツを見ているとやるせない気持ちになる。
なにも言えず、只々抱き寄せた。
俺の腕にすっぽりと入る程の小ささでも酷く心が満たされるのは惚れた弱みだからだろうか。
首に回された腕に力が入るのが嬉しい。

「心配するな。
俺は死なん。」

「でも、いつどんなことがあってもおかしくはないので。
・・・あ、順序、間違えましたね。
濡れタオルで体を拭いてから消毒するつもりが、つい気が動転してしまいました。」

取ってきます、と腕を緩めらる。
少し空いた距離に思わず腕を取り、引っ張った。
よろける体に再度密着する。
驚いて目を丸くするコイツの耳に呟く。

「あとで風呂に入る。」

暖かい体温が肌を伝わって来る。
そろそろ血生臭いか、とか迷惑がっているかもしれないなど思いはするものの、離れられない。
病気かと疑う程危なかった。
背中を撫でる手つきがどうしようもない優しさである気もしてならない。
眉間にシワが知らずに寄っていれば蚊の鳴くような声で伝えられる言葉が一つ。

「私も、お供致します。」

この答えに数時間迷いに迷った挙句、結局一緒に風呂に入ったのは言うまでもない。




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