今日も今日とて刺客としての仕事は疲れるものだ。
はぁ、と深いため息を吐く。
無駄な話をせず帰路に着けばすっかり真夜中で、一緒に同棲している彼女の機嫌は最近になって酷くなってきたものだ。
話しかけても返事は返って来ず、素っ気ない態度で嫌がらせのように飯を作る。
毎晩のように深夜に飯を作るものだからおちおち眠れもしない。
漸く灯りの灯る我が家へノックもせずに足を踏み入れれば少し古めのソファへクッションを抱いて横へ寝転がっていた。
眠そうに目を閉じたり開いたりを繰り返し、眠気を我慢しているように見える。
近付いて頭を撫でてやれば「わっ!」と驚いて跳ね上がる体に勢いを付けて飛び起きた。
元気がいいな。
羨ましい限りだ。

「ビックリした・・・。
帰ってきたなら声ぐらい掛けてよね。」

「あぁ、すまない。」

全く、とため息を吐きながら足を床に付けてキッチンの方へ歩んでいく。
その後を追って後ろから抱き締める。
息を吸い込めば穏やかな香りが漂い、安心した。
動きにくそうに身をよじるのは恒例になりつつある。

「ちょ、動きにくいし作れないでしょ。
シャワーでも浴びに行ってて。」

そう言われるとそうだ。
彼女の肩口から顔を退け、名残惜しくも最後に腕を強めて離れる。
その際に、「早く行った行った。」と腕を振るのは彼女なりの照れ隠しであるのを俺は知っている。
笑ってしまいそうになるのを我慢しながら指示通りにシャワーを浴びに行く。
やはり、食欲よりも眠気が勝っているようだ。
無数の湯を浴びながら瞼が下がるのを感じ取る。
立っているのに感覚がなくなったように意識が彷徨う。
それが恐らく数分間続き、やがて右膝ががくりと下がった。
その反動で起きる。
頭を抱え、息を吐いてシャワーを止めた。
タオルで全身の水気を拭き取って服を着る。
眠い。
覚束ない足取りで食卓までの道のりを歩んだ。
既に出来上がっている料理を目の前に頬杖を付いて待っている彼女の姿が見え、眠いながらに口角が上がった。
口は悪いが、彼女は可愛い。
献身的で、素直で、気が利いて、なにより安心する。
我ながら良い彼女を持ったと思う。

「今日シャワー長かったね。」

「寝てた。」

「立ちながら?
変なところだけ器用なんだから・・・。
そんな器用なことが出来るなら帰ってくる時に電話の一本でも掛けなさいよ。」

そうやっていつもとあまり変わらない会話を繰り広げる。
彼女が注意めいた俺に直してほしい箇所を上げるだけの会話は苦ではなく、寧ろ愛おしさがあった。
遠回しだが、彼女自身が俺を心配していると言っているようなものだ。
端から見れば若干罵られているように見えるかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが。
口に含む料理をゆっくり咀嚼しながら彼女の言葉に耳を傾けていれば一瞬静かになる口に視線を落とす。
彼女の表情はどことなく寂しそうにも見えた。

「ところで、明日は何時に帰ってくるの?」

今日一番の素直なセリフと感情に、やはり愛おしさが込み上がってくる。
腕を伸ばして頭や頬を撫でると「やめて。」と口で言うものの決して振り解こうとはしないのも素直の一つだ。
息を吐いて時計を見て、明日を考える。
今日よりは早いだろう、その言葉を伝えた時の彼女の嬉しそうな顔をするのが目に見えて楽しみだ。
口角が一瞬上がって手に持ったフォークをテーブル上へ置いた。




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