無駄に長い廊下を歩いていた。
大統領のお使いでただここにいるだけだが、最近特に寒い。
咳を連続的に繰り返されて喉が痛い。
あと無条件で鼻水も垂れてくる。
冬は苦手だ、こっそりとここへ来るキッカケになった大統領の悪口が出る。
楽して金が入らないものか。
一緒に来るハズのウェカピポを捜しながらそう思っていれば前方に人影。
警備の奴らでもない。
俺がよく知っている人物に厭な笑みが漏れた。
いつも表情があまり変わらないクールぶっているそいつをからかってやろうと、そっと背後に近付く。
いつも気配には敏感であるにも関わらず、なにか考え事でもしているのか、俺へ振り向こうともしない。
チャンスだ、と思いながら両手を広げて後ろから抱き締めて、掌へ柔らかいその二つのものを包むようにして揉む。
見た目よりもデカイ。
それが最初の感触への印象だった。

「柔らか!デカ!」

「・・・・・・。」

なにも言わない相手の胸を何度か揉んでいれば顔面に肘が食い込んだ。
当たり前だが流石に痛かった。
容赦もなにもなかった。
鼻血と吐血が混じり合いながら無条件にボタボタと床へ流れ落ちる。
風邪の次は貧血か?と喚きながら相手の顔を見ようと顔を上げた。
素知らぬフリでもしているかのように前を先程と同じく歩いている。
お前なんなんだよ。
足早に隣を制する。

「胸触っただけでそんだけのリアクションしかしねえわけ?
つか血止まらねぇんだけど!」

「・・・・・・。」

ハンカチを取り出して鼻を抑えながら痛みに悶える。
鼻折れてねえよな、と未だ止まらない血を受け止めながら触る。
骨は無事なようだ。
一安心した。

「もうちょいよォ、『きゃあ!なにするのよ変態!』とかそういう言葉が出てくるものじゃないの?
あとエルボーじゃあなくて平手とかさァ。」

「・・・言われたいの?」

「あんたの口から出てくるんだったら聞いてみたいね。」

最もな視線で俺を見る目はいかにも変なものを見ているようで、そこに一瞬たじろぐ。
いやいや、確かに言動が一致していないのは確かだ。
なんの否定もない。
再び前を向いて静かに歩き出す奏の隣を負けじと歩く。
長い廊下を進んで、鼻血も止まりかけそうになった頃にまた咳が上りだす。
若干苦しくて足が止まれば向こうも立ち止まる。
なんだ?
喉が治まった。

「風邪?」

「あー、多分。」

最近酷いんだよな、と言い聞かせるように告れば奏は一瞬窓の外を見て前を向いた。
心配してくれるんじゃないのかよ。
可愛くねえヤツと思いながら顔を上げれば先程捜していた人物が前方からこちらへ来るのが見える。
あまり奏がいる時には出くわしたくないのが本心で、密かにため息が出るのを隠す。
奏はウェカピポ好きだから俺のことを眼中に置かないのが全く気に食わない。
ウェカピポより俺を好きになればいいのに。
少し不貞腐れる。

「ウェカピポさん。
大統領からこれを渡すように言われて持って来ました。」

ほら、声がワントーン上がった気がする。
犬みたいに尻尾が付いていたら左右に激しく揺れているだろう。
表情は相変わらず変わらないままだ。
リンゴォの所にいるあの女程までではないが、奏も中々表情は変わらない。
雰囲気も固いままだ。
絶対笑えば可愛いのにな、と想像してみる。
上手く笑顔にならないのは俺の想像力が足りないからか、それともやはり奏自身の問題なのか。
うん、と唸っていれば名前を呼ばれた。
話を聞けば何度も名前を呼んでいたらしい。
いつの間に、と笑いながら誤魔化した。

「話はよく聞け。」

「考え事の時は仕方ないだろう。」

「どうせくだらない事だろう。」

「くだらない、くだらなくないはそっちに任せるよ。」

しっし、と手を払いながら言うと面倒くさそうに目を逸らされる。
この態度はあまり好きじゃないが話を聞かなかった俺が結局悪いし、と一応反省はする。
それで?
話を元に戻す。

「・・・ウェカピポさんに渡したコピー。
目を通してて。
では、私はこれで。」

失礼致しました、とウェカピポに一礼して持ち場に着くために背を向ける。
結局笑顔を今日も見ることが出来なかった。
ふぅ、と息を吐くと踵を返した奏と目が合う。
おっ、と期待した。

「あんたのソレ。
煩わしい。」

「わずっ!??」

喉を指差されながらそう言われる。
心配ではなくただの迷惑を口にしただけか!?
歩を進めて遠ざかる背中を見ながら不満が胸中を占める。

「可愛いくねェヤツ!!」

受け取った資料を強く握り締めながらそう溢すと、ウェカピポが「素直じゃないな。」と一人呟いた。
誰が、反論しようとした瞬間になにか物が落下する音が聞こえた。
すぐ足元だ。
屈んで拾い上げるとどうやら薬のような粉末の物が入っているようだ。
ウェカピポを見上げれば「やかましい。」と投げられた。
いや、まだなにも言ってねェけど。
もう姿が見えない後姿を探した。
前言撤回だわ。
なにもかも可愛いヤツだった。






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