ヒリヒリと痛む頬と、背中を丸めて暗い図書館の屋根付き玄関をわざわざ外れた階段に座り込む。 外の冷たい外気と雫を直に感じながら雨降る夜を顔を隠して閉じこもる。 あぁ、どうか朝にはならないで。 そんな思いも叶わずに時は無常にも過ぎていく。 勤務先のオーナーにいつも殴られる毎日だからだ。 オーナーはどうにも私の顔を見ると殴りたくなるらしい。 オマケに私の態度も。 理不尽極まりない。 あのヒゲデブ絶対殺してやる、と頭の中でシミュレーションをするも、後々の収入を考慮すれば出来るハズもない。 悔しさで隠していた顔から涙が雨と一緒に流れる。 痛い。 生きているから痛みがあるのだ、と昔自慢気に博識さを披露していた通りすがりのナルシストが言っていたのを思い出して今更殴りにかかりたかった。 生きてても死んでてもあまり変わらないだろうと、痛いものは痛いだろうと大声を出して言ってやりたい。 肌に張り付いてくる髪の毛を気にしながら膝を抱える姿を誰も見てはいないだろう。 真冬の、深い雨が降る夜の外に打たれる私なんて誰も、 「スイませェん、お隣いいですか?」 いた。 驚いて肩が一瞬上がる。 独特な口癖から誰だか分かる程に、私はいつの間にこのブラックモアと言う男と共にいただろうか。 毎日会っている訳ではないが、ふとした瞬間に隣にいる。 そんな関係だったような気もするし、違ったかもしれない。 顔を上げず、返事も返さず、文字通り黙っていてもブラックモアは私の隣へ座る。 濡れるのは気にしないのか、普通に腰を下ろして、元々差していた傘を私へと傾けた。 先程まで落ちて来ていた雨がふいに止まる。 優しい音が重なり響いた。 「・・・・・・濡れるよ。」 傘を傾ける手を押し返そうと力を込めるも敵わない。 諦めずに突き返す。 「奏さんが濡れるぐらいなら私が濡れます。」 「・・・・・・仕事しなよ。」 「スイませェん。 仕事は終わりました。」 夜中だから当たり前の会話にため息が漏れた。 嫌だとか呆れのためではない。 嬉しくてため息が出るのだ。 押し返そうとした手を止めて、反対に傘を握るブラックモアの手を握る。 私より暖かい手により一層涙が溜まった。 ありがたい。 本当にそう思う。 「嫌なら無理しない方が良いですよ、奏さん。」 「お金、ないもの。」 「奏さんなら水商売でもなんでもいけると思いますけどね。」 「死んで。」 「冗談です。」 笑いもなにも起きないのはこの人だからか。 私は彼の笑った顔を見た事がない気がする。 ブラックモアを見るために顔を上げればブラックモアは真正面をいつもの表情で見つめている。 私から見て横顔のブラックモアは真剣そのものに見える。 きっと気のせいではない。 「そんな仕事をするぐらいなら、私がさせませんよ。 絶対に。」 そう呟いたと思えばもう私へと向き直っている。 変に素早い。 赤く腫れた頬にもう一つの手を添えて優しく、壊れものを扱うようにそっと撫でられる。 ヒリヒリと痛むのはまだ治らない。 「奏さんを殴った相手が恨めしいです、本当に。」 私が握る手を解いては、私の手を包んだ。 そして指先に何度も、軽くキスをされる。 その意味に気付かない訳ではない。 しかし、まだ、早い。 顔を俯かせて静かに泣く。 もう、眠ってしまおうか。 深い夜はまだ目を覚まさない。 ←→ |