腹になにかしらの違和感がある時は、必ず吐くというのが決まりになりつつある。
吐き気を催している訳でもないのに、口を開けば勝手に流れ出てくるのだ。
込み上がってくる朝の食物が私の喉を通り、逆流する。
痛いのと、気持ちが悪いのとが混ざり合う。
しかし、慣れとは怖いものだ。
生理的な涙さえでないようになってしまった。
"他の奴ら"は知らないが、私は出ない。
涸れてしまったようにも思えた。
涙だけではなく、他のなにかもだ。

「は、は、は、吐き終わった?」

「キモ。」

そんな会話も日常になりつつある。
"私達"がこうやって吐く時は必ずセッコがビデオカメラを片手にやって来ては映像を収める。
誰がそんな趣味の悪いものを観るか、分かりきっている。
闇医者、ヤブ医者、クズ、ゲスの極みのあの野郎だ。
チョコラータ。
此処へ来て間も無くはもれなく先生とも呼んでいたが、今では愛称を込めてゲス野郎と呼んでいる。
ゲス野郎は何本も何本も"私達"の苦しみを撮影しているのだ。
なんのためか、も知っている。
人の不幸は蜜の味だからだ。

「そ、そんなこと、い、言うなよォ〜〜。
チョコラータ嬉しがるぜ、きっと。」

「キモッ、キモッ、キモ!」

リビングへ行く道を歩きながらセッコに文字通り吐き捨てた。
イライラと頭がパンクしそうになる。
髪を掴んで頭皮を掻き毟る。
気持ち悪さは飛んでいってくれなかった。

「イーラ。」

呼ばれて振り向く。
大きなソファに腰掛ける傲慢な男を見やる。
また口から何かが出そうになるが、それだけは我慢してゲス野郎の向かいのソファを目指して踵を返した。
埃一つも見当たらない綺麗だと思わせるこの建物でも築何十年もしているらしい。
全く信じられないイタリア事情だ、と腰を下ろし足を組んだ。
落ち着かせる為に歯をギリギリと擦り付けた。
しかし意味はない。

「なんだよ。」

「そんな音を立てるな、みっともないぞ。」

「毎晩人のゲロを吐く姿を観ている奴の方こそ気が狂ってやがるぜ。」

皮肉を込めながら返せば、ふと笑われる。
それが癪に障る事をこいつは知っているのだろうか。

「相変わらず口が悪いな。」

「ならさっさと治せよ。
この病気をよォ。」

コーヒーを啜りながら私、否、"私達"を見つめるゲス野郎は、厭な笑みを一つ浮かべている。
あぁ、この表情だ。
私はズキリと痛む頭を抱えた。
私はこのゲス野郎は嫌いだが、こいつを好きな"奴"がいる。
この笑みを好きな"奴"がいる。
いよいよ眩暈もしてきた。
これはヤバイ、と霞み始める。

「専門外だ、と何度言えば分かるんだ?
憤怒よ。」

ゲス野郎が動く。
私は揺れる。
この瀬戸際の意識の中で目を細めた。
交代だ、と思った瞬間に唇にやけに冷たい感触とリップ音。
捻じ込まれる生暖かい物を感じながら最後に吐いた。

「今すぐにでも死んじまえ。」







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