朝陽が昇り、昼は真上へ、夜は姿を消し、そしてまた昇る。
一日のサイクルはそれで終わる。
人間の人生も似たようなものだ。
そう思う。
単純にして明解。
実にありふれた、喜劇、悲劇の繰り返し。
救世主も味方も誰もいない。
見付けるのは自分次第だと気付かされたのは、やはりあの人が現れてからだ。
人の心へ入り込む、妖艶で艶かしい、あのお方。
DIO様がいなければ俺はここにはいなかっただろう。
昼間なのにも関わらず暗い屋敷を歩くのは屋敷の見張りのためである。
誰の為でもない、我が主を想う心のままだ。
そうして進む。
人の気配がある。
しかし無害であるのも分かっている。
髪を結ったみすぼらしい女がいることなど、当に分かっていた。
侵入者はまだ現れない。
それも分かっている。
分かってはいるのだ。
理解しているのだ。
DIO様の身を安じること自体に意味がないことなど。
私のこの行為に意味がないことなど・・・。

「・・・。」

少しだけ光の漏れた扉を開ける。
窓が軽く開かれたその部屋は風が入り込み、カーテンを揺らす。
大広間。
そう呼ばれるここにはソファや、棚、テーブルも置かれている。
埃が一つもないこの部屋に、女が一人ソファの上で横たわっている。
身じろぎもせず、ただ、死んでいるように目を閉じている。
手は両手共に胸の上で、まるで祈りでも捧げているかのようだ。
眠っている。
その言葉で片付けられた。
DIO様の気まぐれで屋敷におかれたこの小汚い女はあらゆる場所で目に入る。
この大広間は勿論、テレンスのゲーム部屋、書斎、台所に街中。
暇さえあれば働く。
そんな小さな女が珍しく寝ている。
風が穏やかに吹く陽の当たる場所で、働きもせず眠っていた。
マリアのような表情をする女を見下ろし、暫し考える。
手を組むように眠るのは確か多大の不安やストレスを持っていると聞いたことがある。
テレンスだったか、マライアだったか。
そう言う話をした記憶があった。
信じてはいないが、もしもと脳内を過ったあとに考えを正した。
何故私がこの女のことを心配しなければならないのか。
安直にも女に近付く。
白い肌が女の象徴であるかのように主張しているのが目立つ。
顔に掛かっている髪をそっと退け、じっと女を見る。
周りには誰もいない。
この空間には私と女だけがいる。
睫毛が長く、赤い唇は僅かに開かれている。
そこに私の唇を近付ける。
呼吸も表情も穏やかそのものだった。

ほんの一瞬だけ、音も立てずに口を合わせて離す。
まだ私に気付かないこの女は警戒心が足りない。
このままでは誰かに遊ばれてしまいそうだ、と真顔でそう思っていれば睫毛がぴくりと動いた。
それを見つめればゆるゆると瞼が上がり、澄んだ空色が私を映す。
未だ柔らかな感触が残る口を軽く腕で擦る。
女は慌てたように起き上がった。

「あ、あ、す、すいません。
お掃除が一段落して、少しだけ、休憩を取っていただけなんです。」

動揺しながら必死に言葉を紡ぐ女は、両手の指を絡め合って力を入れている。
それが俺と話をする時の癖だ。
それを目を伏せながら聞いていた。

「寝ている暇があるなら働け。」

「すっ、すいま、せん・・・。」

声が自然と低くなり、ため息を一つ吐けばびくりと肩を震わせる。
弱々しい光景が目に余る。
眉間に皺が出来ているのも自然と言えば自然だ。
俺は女に背を向けながら屋敷内の見回りを続けるべくして歩き出した。
口の感触は依然と消えないまま。





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