ニカイドウさんがお店を空けてから随分経ったように思う。
私はニカイドウさん達が戻って来るまでお店の中を綺麗に拭いたり、食材が痛んでしまわないように手伝っていた。
お客さんはそれ程多いとは言えなかったけれど、それでも私にはお世話になった、馴染みのあるお店なのだ。
だから、いつものようにカウンターを布巾で拭いていると出入り口が開いた。
お客さんかな、と顔を上げて今日は休みだと言う事を告げようと口を開こうとすれば、そこには私の良く見知った顔があった。
私は驚いて、駆け足でそこに向かう。

「ニカイドウさん!」

「奏!ずっと店番をしてくれたのか!!」

ニカイドウさんの姿を久し振りに見て、思わず涙を流しそうになりながらも笑顔で抱き付いた。
ニカイドウさんは嫌な顔一つせずに私を両手で包み込んでくれた。
暖かい。
懐かしいと思えるぐらいの感覚だった。

「バウクス先生の誕生日会のままだったから片付けが大変だったろ?
うちに来なくても良かったのに。」

「いいえ!
私は好きで来たんです!」

「ははっ、そうか。」と頭を撫でてくれるニカイドウさんに目を細める。
あぁ、良かった。
いつものニカイドウさんだと笑っていると、後ろから知らない人が二人もいる事に気付いた。
小さな悲鳴を上げて一歩、二歩と後ろへ下がる。
男性のようなシルエットに肩を竦めた。

「ニカイドウ?」

「おい、なにしてん、だ・・・?」

大きな身長に十字模様の入った目の男性と、目の回りが黒い男性が店内に入って来た。
恐ろしすぎて言葉も出ない。
顔を下に向けて黙っているとニカイドウさんが助け舟を出してくれた。
ニカイドウさんが二人の方を向いて話す体制を取るのに加えて、私はニカイドウさんの後ろへ隠れた。

「あぁ、二人に紹介しよう。
こいつは奏。
私の店でよく手伝ってくれる妹みたいなもんだ。」

「なるほど。
私は川尻だ。
元悪魔だよろしく。」

「俺は栗鼠だ。」

勝手に始まる自己紹介。
顔も見れない状態だから誰が誰だかよく分からないけれど、身長の高さと声の高低で区別がつく。
恐らく高い人が栗鼠さんだ。
未だに顔を出さない私に疑問が生じたのか、二人は首を傾げているようだ。

「すまないな二人共。
奏は初対面の奴が苦手でな。」

「さすがホール。
意味が分からん奴等の巣窟だな。」

「へうっ!?」

川尻さんが呟いた言葉に更に恐怖心を抱いた。
さっき元悪魔だと言っていたが、まさか魔法使いの住む街からやって来たのではないだろうか。
ならニカイドウさんと同じ今は魔法使いという事でいいのだろうか。
では栗鼠さんも同類という事なのか。
疑問が疑問を呼ぶが今は兎に角、川尻さんが怖いということだけは確かになった。

「あ、う・・・。」

「おい!怖がらせてどうすんだよ!」

「お前に言われたくない。」

「こら二人共!」

「すまねえな、怖いとは思うけど暫く此処貸してくれねえか?
俺には知らいといけない事があるんだ。」

そう言って栗鼠さんが私に近づいて来る。
私は逃げる事も動く事も出来なくて、只々ニカイドウさんの背中に張り付く事だけしか出来なかった。
私はこれからどうなるんだろう、何をされるんだろう。
カイマンさんのような魔法被害者の人々を思い浮かべて背筋が震えた。
ニカイドウさんのように魔法を使わない人ならば私はまだ大丈夫だ、と心の隅で自分を慰めていると、大きな手が私の頭に乗る。
ビクリ、と体が揺れた瞬間に優しく不器用に撫でてくれた。
あぁ、この人は良い人だとこの時直感した。
大きな身長に惑わされた自分が情けなかったと、反省した。
暫くして私の頭を撫でてくれた気持ちの良い手が離れようとしたところを慌てて人差し指を掴むと、栗鼠さんは動きを止めてくれた。
自然と私は泣いてしまった。

「はっ!?
ちょっ、まっ!?」

「うわー、栗鼠泣かせちゃったー。」

「うるせえ!」

「珍しいな、奏がこんなに懐くなんて・・・。」

「これ懐いてんのか!?」

狼狽える栗鼠さんは、余った手でどうすればいいのか分からないというように、涙を指で払いのけてくれた。
少し、顔が赤く見えるのは私の気のせいだと思う。
兎に角、安心した私はそれから泣き続けた。

「あの、俺のこと忘れてませんか・・・。」

サーティーン君がいたことを、後々に私は知ったのだ。




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