バタバタと忙しなくタップを踏む私の足は何度も何度も同じ場所を行き来する。
普段より多くの睡眠時間を摂ってしまった私は眠気と焦りとが混じり、急激な時間の圧迫感には成す術もない。
遅刻してしまう。
そんな思いだけが脳内を占めて最早どうしようもない。
早く支度をしなければならないと、白い服を頭から被り、ボサボサ髪を櫛で梳かしながらも焦る心を突き動かしていれば目の前に佇む厳重そうな男は呆れた顔をしていた。

「・・・ちゃんと寝たのか?」

「眠れたから今遅刻しているの。
急いでいるから話しかけないで。」

早口にそう捲し立ててから歯ブラシを口の中に入れては磨いていく。
鏡を見れない私はこの瞬間が一番嫌いだ。
こんなプライベートな一面をなんの伝言もなくひたすらに見られ続けられるのだ。
私は朝が一等に嫌悪感が増す時間であると自覚している。
だからいつぞやの下がり眉の死にそうな男が目の前にいた時はストレスが限度を越えて思わず舌打ちをしてしまったのは仕方のないことなのだ。
だから、今日の私も機嫌が悪くて当たり前である。

「・・・襟が曲がっているぞ。」

口を濯いでいる時に厳重な男はそう話し掛けては手を伸ばす。
カツっ、と間抜けな音が空気を掠めて私の耳へと入ると相手は「しまった!」とでも言うような顔をして急いで手を引っ込めてしまった。
その行動はつい、なのだろう。
鏡の向こう側からでも音はこちらに届くのだ、という事が今日初めて知れた事実で、やはり向こうもこちらに来る事は叶わず、こちらもまた然りだ。
バツが悪そうに歪める顔に、襟を綺麗に戻してやるのを見せてやった。

「行ってくる。」

声をそのままにして鏡に背を向ける。
玄関先に置いてあるランドセルを背負って外へ飛び出した。
今起きたであろう母の声がここからでも良く聞こえてくるのがありふれた日常のようでほっとする。
集団登校に追い付く為に蒔を暖炉にくべらせるが如く、足の力を強めて走った。
流れ行く景色の中で漸くその集団に追い付き、息を整えて後ろを付いていく。
同級生が話し掛けてくるそれを適当に相槌を打ちながら返していけば、先程のことが頭を過る。
もしも、もしも私に兄がいたのならばあんな感じなのだろうか。
ありもしないことを思い浮かべてはすぐにその絵空事を振り捨てた。
所詮一人っ子の私には関係のない話であると気付いたからである。


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