夕方。
学校終了のチャイムが鳴り響きながらも私はクラスメイトが口を忙しなく開閉し、お喋りしている様を眺めていた。
時々会話に入りながら、聞きながらを繰り返していると突然時計を気にし出したクラスメイトは、ランドセルの中に入れておいたのだろう手鏡を取り出してなにやら楽しそうに、恐ろしそうに軽い悲鳴を漏らしていた。
私だけが首を傾げるその中で、隣の席の女の子が得意気にも話し始めてくれたのには感謝しかない。
いつもその子は人の世話ばかり焼きたがるお節介屋なのだ。
普段こそ鬱陶しいと思いはするものの、こういう時ばかりはありがたくて仕方がない。
だから私は黙って耳を傾けた。

「放課後にね、4時きっかりに教室で手鏡を覗き込むと自分以外の知らない人の顔が映るんだって!
だから皆で試してみようって話してたの!」

あぁ、そう言うことか、と取り敢えず適当に相槌を送った。
くだらない事をする為にこの教室に残っているのかと思っては口を固く閉じる。
女子の甲高い声に耳を塞ぎたくもなったが、私もランドセルを片手に中身を漁った。
教科書やプリント、筆箱以外に入っているのは私には必要のない手鏡だ。
おばあちゃんの遺留品でもあるその手鏡は古くさい、時々香る年寄りを彷彿とさせる匂いを発していた。
私はこの匂いが嫌いではない。
だから普段使わない手鏡を持っていると言っても過言ではなかった。
飾りの一部のようなものだった。

「皆、せーので覗いてみようよ!」

秒針を刻む時の音が耳に入って来るのを聞きながらいよいよ4時になるその時を心待ちにしている女子達が合図を出した。
一斉に傾けた鏡の向こう側を、息を止めて冷や汗の流れるクラスメイト達は閉じている口を再度開け放った。

「やっぱりうわさ話だね。
もうこんなのやめてお家帰ろう?」

「うん。
あ、でも私職員室に寄らなきゃ!」

「じゃあ私も一緒に行くー!
・・・あれ?どうしたのまだ鏡なんか見ちゃって。
もしかして・・・。」

そう呟いたお節介屋が頬を私に摺り寄せて来る。
未だに鏡の向こう側を睨み付ける私にまさか、とでも思ったのだろう。
一緒に覗き込んでくるお節介屋はその真実に顔を歪めた。

「なーんだやっぱりデタラメか。」

そう言い残して手を振りながら私とお別れをするお節介屋と数名の女子の足音が遠くなる。
あれから時間があまり進んでいない時計に目線をやってから再度鏡を見やると、帽子でも被っているのだろう。
軟弱そうな黒い男が咳を何度も何度も行っており、耳が痛くなりそうだった。
私は風邪なんか引いていないと言うのに、どうも鏡の奥では私の体調はどうでも良いらしい。
それが癪に障り嫌な顔になる。

「おいおいおいおいどうしたんだ?
そんな辛気臭い表情してると幸せなんて来ないぜ?
もっと笑えよ!ほらスマイルスマイル!」

「アンタが消えたら笑顔にでもなるわよ。」

両手の人差し指を口角に持っていっては上へ押し上げているアホ面がお目に掛かる。
この男は誰よりも騒がしいヤツだとそう認識していたが、これではただのバカでありアホだと今思い知った。
私の顔の深刻さを唯一知らないのではないかと言うほどにお気楽で、たまに意味の分からない一発芸なんかも披露してくるこの男は嫌いだ。
デリカシーがないとでも言うべきか。
悩みを吹き飛ばそうしてくるのが更に腹立たしいと私は逆に口角を思い切り下へと下げた。
するとそれが効いたのか、ヘラヘラとした態度を改め、私と同じ表情でもするかのように口を尖らせている男と張り合っているようでバカバカしく思えてくる辺り、心底それが気に食わなかった。

「お前のそれ。
どこぞのイタリア人みたいだぜ。
お友達ごっこしててもその顔だと長くは持たないだろうよ。」

「そう思うなら今すぐにでも私の目の前から消えてよ。
アンタみたいな薄っぺらいヤツに言われても説得力なんてないから。」

椅子から立ち上がり手鏡をランドセルの中へと乱暴に仕舞う。
聞こえなくなったハズのあの男の喚き立てる声が、まるで幻聴の如く耳の中に入って来るのが気にくわない。
私が悪いのか。
それとも向こうが悪いのか。
気味の悪い世界から早く抜け出したいと神に願おうとすれども、そもそも神なんか存在するのかも怪しい存在に私の願いを託すべきではないと、だから一人胸の内に秘めてがらんどうに聳える教室を、足音をわざと立てながら腹立たしく後にした。


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