自分の気持ちに整理を付けなければいけないと思った。
あの時、リンゴォに言われた言葉を思い起こしながら階段を上った突き当たりの姿見の前にて体を反転させながら背中を鏡に付ける。
背後からは「ギィィィーー!ガシャン!ウィンウィン!!」とどこかで聞いたことのある口癖を披露してくるコイツを全力無視で決め込んでいく。
相手にすると厄介だ、と膝を折り曲げてその上に頭を乗せて視界をシャットダウンする。
両サイドを腕で固定し、光を一切入れようとしない態勢のまま口を閉ざし暗闇に身を委ねた。
背中から「なんとか言えよ」だの「こっち向いてくれよ」だの煩わしい声が空気を漂い私の耳元へ入って来るが、構ってしまえばおしまいであると徹底的に黙りこくった。
考えのまとまらない私は只管に目を閉じ続ける。
後ろにいるヤツはそんな口を閉ざし続けたままの私をじっと見ているのかあの口癖に似た機械音は聞こえてこない。
いつもそうであれば良いのに、と思う。
しかしそれではなんだか違和感を感じてしまう。
なにかを企む、と言うよりかはなんと声を掛けたら良いか分からないと言ったものに近いのではないだろうか。
これは私の勝手な憶測であるが、この男子は慰めの言葉を模索しているのではないか。
私がなにも言わず無言でそっと、静かに振り向いてみる。
私の丁度真後ろにその男子はいて、何故か鏡の表面を撫でつけていた。
なにをしたいのだろうか、疑問に思いながらも体を正面に向けて間近でその光景を眺めていてもその行動は計り知れない。
埒が明かず、とうとう私は無理矢理にでも開きたくもない口をこじ開けたのだ。
いつまでも気味の悪い行動を取られていては迷惑であり、気持ちが悪い。
だからこその注意に似た質問なのであった。

「アンタ、それなにしてるの。」

上を向く視線は明らかに私のものと混じり合っている。
毎度のことながらこの訳のわからない、正体も知れぬ男子と話すといつも会話が成り立たない。
今も「なにしてるか分かんねえの?」と応えを返され憤怒のパラメータがぐんぐんと伸びていき鐘でも鳴らしてしまいそうなぐらいには嫌なネズミ色に似た汚いモヤが心内を埋め尽くしていく。
聞いている内容にわざわざ疑問を悪気もなくソテーのように添えるものだから私の言葉は口内へ滑りこむみたく意味の成さないものへと変化するのだ。
それがたまらず胃液に浸かるストレスの権化よろしくと言わんばかりに蓄積されていくほかないのだった。
だから腹部がたまに痛くなり絵描きさえも存分に出来ない気がしてたまったものではない。
だからこの男子も他の男達と同類であるかのように面倒で、消失してしまえばよいと口に出さず声の奥、喉の先を通った胃袋の中へ押し込んだ。
満腹で死にそうなぐらいには今の私は荒れに荒れ果ててしまいそうであった。

「慰める時こうするんだろ?」

「は?」

「されたことはないけどこうやってんの何回か見たことあるぜェ!!」

そう言いながらなにやらしたり顔で再度鏡の表面を撫で付けるこの男はやはりアホなのではないだろうかと思う。
鏡を撫でつけても直接私に届かないのであればそれは意味がない。
あれは他人の体温が安心の相乗効果で発揮されるものであり、そんな"撫でるフリ"をしても本人は気付く手立てもなければ、そんな慰め方をされてもこの心の引っ掛かりは解決しないのだ。
しかし、何故であろうか。
灰色のモヤが晴れていくような感覚があるのだ。
決して、そう、問題がスッキリなくなったなど、そんなことはありはしない。
今も悩み果てているのだから消えてはいない。
それなのに、どうも身体が軽くなっていくのは果たしてなんのマジックなのだろう。
疑問は深みを増しては、やがて空を漂っていった。

「もう、意味分かんない・・・。」

「なにが?」

アホ面のまま次は私の頬辺りを、撫でているのだろう。
手の位置が高めになってずっと、只管上下に左手を揺らしているのだから、恐らくは間違いはない。
世の中分からないことだらけだ、と終始口角を上げ笑みを投げ掛けてくるこのポークパイハットから目を反らすように鏡目掛け、額を押し付けては視線を下へと下ろし床を眺める。
温かさなどないが、頭に手を置かれている気がして、なにも口にしないまま数分間をその男と共にしたのは単なる気まぐれだと、そう思いたい。


prev next
back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -