後ろに立て掛けてあるスタンド付きの鏡から声が聞こえて来る。
私は今リビングにて偶々テレビで放映されていた邦画ホラーを目に映していたのだが、その私の後ろにある鏡は私とテレビとを映している為か先程からヤケに五月蝿いリアクションを取ってきて耳障りである。
声質自体は淡々としているのだが、口数がやたら多いその人物はオエコモバと言う奇抜な見た目をした、以前床に焦げ目を入れてくれた無礼者だ。
今日はタバコを持っていないのかあの不愉快の塊である匂いは漂って来ない。
それはそれで良いのだが、ただ、今日はヤケに煩わしく感じるのは気のせいではあるまい。
果たして千切れそうな声を一体何故この男は発しているのか甚だ疑問だが、私は兎に角映画に集中したい気持ちでいっぱいだった。
鏡を倒してしまえば話は早いのだが、倒しに行くまでが只管に億劫であったのだ。
隣に座るクマのぬいぐるみでも投げ付けてやろうかと思う程に男の声は五月蝿く面倒だ。
画面の中では入浴シーンであると言うのに。

「うわ、ちょっと、これはダメだってヤバいだろ・・・。」

「折角の水場なんだから黙っててくれない?
五月蝿すぎるわ。」

「水場って言うか、これ沈められてるじゃん・・・?
自分の子供沈められてるじゃん・・・?
なんでホラーなのに濡れ場がないんだよ・・・。
別の濡れ場とか勘弁だぜ・・・。」

震えている声がはっきりと耳に入って来るのだが私には関係がないと割り切る。
今も喚き立てるオエコモバの声だけをどうにかして切り取れないものか考えてみるが、鏡を無くす以外には正解など有りもしないだろう。
折角の山場が悲鳴らしからぬ声に塗れるのは正直頂けない。
私は黙って映画を観るタイプなのだ。
横から口を出されれば鬱憤やストレスなどが蓄積される私の腹部には限度がある。
給水塔が水の貯蓄の為に溜め込み過ぎて破裂し、崩壊するが如く私のこの苛々とした感情は爆発しそうであった。
膨らんだ風船に針を突き付ける直前にほど近い。
しかし怠惰真っ盛りな私は今を立ち上がりたいとも思わない。
だから更に黒々とした靄が私を秘密の巣窟へと導くのであった。

「これ早く逃げないとだろ・・・。
寧ろ全て爆破させてしまえばこんな事にはならないよな?そうだよな?」

「私の話聞いてた?
五月蝿いから黙れと直接言わないと通じないの?
だったら言うわよ黙れ。」

「黙るもなにもこれは黙ってたら尚更怖、ってちょ、ま、マジかよなんでそこに我が子がいるんだ・・・!?
じゃあ今手の中にいるのは誰・・・嘘だろ!?待てよこれダメだろ!!!?」

「アンタが騒ぎ立てるお陰でこっちは全くもって怖くないのだけれど取り敢えず死ねば良いと思うわ。」

テレビからも背後からも上がる悲鳴に耳を全力で塞ぎたい衝動に駆られる。
ホラーが苦手であるのならば観なければ良い話ではないのか。
取り敢えずは私の限界値は限度を越える寸前であり、針も最早丸い曲線へ先端をくべらせている。
隣にいるクマのぬいぐるみの腕をぎちぎちと握り、平静を保とうとするもなんら意味を成さない行為に、とうとう青筋が浮かび上がる。
私は長年の間この男達と時を共に過ごしているが、今日改めて思い知った事は私は男達の中でもオエコモバが一番に嫌いな存在である事が判明した。
出てくる、顔を合わせる度に不快さを振りまかれている気がすると、憤怒の片隅でそう考えながらもテレビのCMを待ちに待つ新手の拷問を身に受ける。
この男の黙る事を知らない思想には付いていけないと思った瞬間でもあった。
そうして、本当に今更であるが、何故あの位置に鏡が態々置いてあるのだろうか。
母が使っていったと言う情報がある訳でもないのだから個人的にこのホラーよりもよっぽどこちらの謎の方が恐怖であったが、オエコモバはどうも気にしていないらしい。
忙しなく動く唇を閉ざす為に、漸くCMに入った開放感に打ちのめされながらスタンド付きの鏡に勢いをつけて倒す。
静まり返った声と静寂に溢れる空間に満足しながらも定位置に付いて再び映画を観ようとするも、EDのテロップが流れている光景が視界に収まるのと同時に今すぐにでも鏡の中へ入りオエコモバを殴り掛かりたい気持ちで埋め尽くされた私の拳は行く宛も知らないで宙を彷徨うばかりであった。


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