「なによこれ。」

自室のベッドの側で折りたたみ式の机を広げる。
わたしの目の前にはスタンド付きの鏡を置いており、そんな鏡の中で過ごしている男に声を掛けた。
私の肘で押し潰しているものは学校から配布された勉強のドリルであり、開いたページには文字の羅列と空白が用意されていた。
曲線と棒線が私の頭に入っては来るが、いよいよ意味が分からない難問には目を閉じる他なかった。

「割り算ってなんなわけ。」

「数字を割るだけだろう。」

当然の如くそう囁いたマイクの目の前に、完全的に宿題の上へと顔を伏した。
割り算など、一体どこで使うのだろうか。
右手に持った鉛筆で数字には立ち向かわずに空白に意味のない絵を描き込める。
現実逃避などしても無駄なことは分かってはいるのだが、それでも数字からは逃れたい。
国語や数学の宿題はあるのに何故図工などはないのだろうか、甚だ疑問である。
子供の想像力を膨らませて育つようにさせたいのならばそちらも宿題として取り組むべきではなかろうか。
大人達はいつも勝手ばかりだ、と鏡越しに向けられる視線に漸く体を起こす。
ため息をわざとらしく吐き、今までの落書きを消しゴムで綺麗に掻き消した。
ぼろぼろと流れ出る消しゴムのカスは尋常ではない程の津波と化している。
それを眺めるだけの仕事があるのであれば私は延々と紙の上で死んでいく曲線達を眺められるだろう。
こんな数字の羅列を解くよりもよっぽど想像力は養われるに違いなかった。

「少数の割り算とか一体どこで使うのよ・・・。」

「使い道があるかないかの問題ではない世界だ、算数は。」

「じゃあなんの為にあるのよ。
普通の割り算だって人数分かってるならちゃんと商品を買ってくればいいんだわ。
なんでいつも曖昧なまま買ってくるのよこの問題バカじゃないの?」

「算数は単なる数字じゃあない。
自分で答えを求めるからその判断力で社会を進む。
集まった人数の内誰か一人でも風邪でも引いて寝込むかもしれない世界も当然あり得る。」

取り敢えず少数点をズラせばいい、と問題集の上に鉛筆を走らせてヒントをくれるマイクだが、先程の的を得た返答にぐうの音も出せず再度机に突っ伏した。
再度まっさらな空欄へ数字への憤りを文字にしたり、はたまた問題が書かれている部分へ線を引いてはバツ印を付け、加筆し、簡単な問題へとすり替えたりもする。
そんな事を仕出かす私にマイクはお叱りの言葉を耳に送りつけてくる。
あぁ、だから嫌いなのだ算数なんて。
一つも理解する事が出来ずに私はただただ書かれたヒントをぼんやり眺めていた。


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