屋台が出ている訳でもない。
桜が咲いている訳でも、人通りが多い訳でもない。
だから、この時期に初詣などと普通はしないだろう。
初めはきっかり元旦にでも神社へ赴くハズであったのだが、母の仕事の都合で新年早々拝めなかった聖堂に、私は漸くと言って良い程足を運んだ。
参拝者など誰も居らず、居るのは私一人だけである。
肩に掛けた小さなバックには小銭が数枚入っているだけの、これまた小さな財布が一つと使用していない綺麗なハンカチ一枚に、おばあちゃんの形見の古い鏡だけがある。
それは今日一緒に来られなかった母から渡されたばかりの物達だ。
母はやはり仕事であり、課題をクリアする為に家に一人残っている。
だから私は一人で近所にある広いとも狭いとも言い難い神社へ足を運び、右側から階段を上り始めた。
賽銭箱の手前には木が植えられており、更にそのまた手前に手水舎が設けられている。
そこまでをゆっくりとした速度で歩み寄れば、穏やかな水面が外の風景を映し出す程に煌めき輝いていた。
覗き込んで自分の顔でも拝もうと水面の真上に顔面を据えてみれば案の定私の容姿など現れず、浮かび上がったのは黒装束を身に纏ったブラックモアと言う男の影一つであった。
最早何も言う事などない。
だからなんの疑いもせずに柄杓を手に取っては並々と水を掬い入れた。
揺れる水の上にも確かにブラックモアは存在しており、私は驚く事も出来ずにその様子を眺め見ていた。

「こう言う場所もあるものなんですね。
初めて拝見しました。」

「へぇ、それは良かったね。」

左手を水で清めては、持ち替えて右手を洗う。
その動作を黙ってブラックモアと言う男は見ており、私は気にする事なく再度右手に持ち替えては左手に水を流し込んではそれを口に含む。
口内を一周した少量の水を外へ吐き出しては余った柄杓の中にある物を柄を下にして持ち手を洗った。
正しい作法であったかはうろ覚えに過ぎないが、多少間違えたとしても仏は許してくれるだろう。
小さなバックからハンカチを出して濡れた箇所を拭い去る。
未だに冷たい風が吹き付けるここでは水に晒されたところが酷く冷たくなり、たまらない。
急いで水滴を吸った使用してしまったハンカチをバックの中へ押し込んだ。

「日本ではこう言う場所をなんと言うんですか。」

「神社、簡単に言ってしまえば教会みたいなところよ。
木造建築の古い建物の前にお金を投げ捨ててお願いを聞いてもらうだけの為に今日はここに来たのよ。」

「それならば日本の神は現金なんですねぇ。
金銭を払わなければ願い事を聞いてもらえないなんて。」

そんな事をこの男が口走るものだから自然にもなるほど、と思ってしまった。
確かにキリスト教などの神は金銭を要求しないな、と耳に入った情報を頭の中で整理しながらも手水舎から離れ出る。
本願へ足を進めながら手鏡を手に取りながら神社をバックに鏡を翳して見せてみた。
果たして小さな面積の中で私越しに神社という建築物が見えるのか謎であるが取り敢えず、と試みる。

「見える?
あれが古い木造建築。」

「あぁ、ちょっと傾けて貰っていいですか?
スイませェん、出来ればもう少し左に・・・。」

「なんでこうも注文が多いワケ・・・。」

狭さを誇る鏡を絶妙な角度に仕向ける。
そうすれば漸く「あぁ・・・。」とため息のようなものが耳元を掠めて来たのを聞いて息を吐く。
こんなにも図々しい人物であっただろうか。
私にはいかんせん癪に障る他ない。

「しっかりとはしてるんですね。」

「まあ、壊れたら元も子もないからね。」

「なにをお願いするんですか?」

一瞬間が空く。
普通そんなデリケートな所を聞いてくるだろうかと頭を悩ませたが、この男達は大半がアメリカであったか、とふと思い至る。
子供にクリスマスプレゼントはなにが良いか聞くに近い感じなのだろう。
そう思えば大半は許せる。
そう解釈しようと定位置に鏡を元に戻した。

「想像に任せる。」

そう一言だけを呟いて私は鏡を勢い良くバックの中へ忍ばせた。
そうして賽銭箱にお金を投資して願いを煎じ込めることに勤しむのだ。


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