祭日。
それは国民の祝日の敬称である。
日本という国が誕生したこの日は学校が休みである為に私はこうして家の中にいる訳なのだが、これにはどう言ったリアクションをすれば良いのか分からない。
私はただ近所にある文房具屋で足りない絵の具の色を買いに行こうとしていただけであるのに、たまたま姿見の奥を覗いてしまったのが、いけなかった。
男しかいないだろうと思っていたのに目の前にいるのは髪の長い女性であり、その人はゆっくりと私に微笑みかけていた。
こんな事もあるのか、と私も姿見に近寄ってその女性を観察していると、女性は鏡へと指を静かに置いて話し掛けてくる。
一見、穏やかな、しかし気の強そうな雰囲気を醸し出す女性に内心安心した私は過去の男達についてを思い出していた。
辛気臭い暗い匂いのするカビた奴らとは段違いだ、と肩に掛けた小さなバックを綺麗に正しその女性と相対する。
それにしても美しい女性だ、と常々思う。

「初めましてよね。
私はスカーレット・ヴァレンタイン。
貴女の事は知っているわ。
中々に高飛車であるとか、子供らしい言動がたまにあるのだとか聞いていたけれど、可愛いらしい方ね。」

「確かに初めてかもしれないけれど、その情報は誰からなワケ?
まあそんなことどうでも良いけれど、それでスカーレットさんもそこを退けてくれたりはしないの?
私の顔が見えないのだけれど。」

段々近寄ってきているような錯覚を覚えるその女性に少しの違和感を感じて、一歩後ずさる。
怖い訳ではないのだが、何故か危険な香りが漂ってきているようで一雫の冷や汗が頬を伝う。
まだ寒い時期であるのに身体の内が熱い。
高鳴る心臓に耳を抑えたくなる衝動を堪えるも、この違和感がなんなのか私にはまだ分からなかった。

「退く必要なんてないわよ。
私は貴女のそのカワユイお顔を眺めていたいのだから。
娘にしちゃいたいぐらい。」

「・・・ご結婚されているの?」

「ええ、とても素敵な人よ。
でもその人との子供が出来なかったから、私は貴女が欲しい・・・。」

熱い視線を向けられて鳥肌が立った。
あの男達同様にこの女性も危険人物であるようだと確信して、更に一歩後ろへ下がる。
どうも私の姿を映してくれない奴らは異常者の塊であるらしい。
見た目に騙されてはいけないとはここで学んだと言っても過言ではない。
鏡一枚で閉じ込められている相手から逃げるのは簡単である。
だから即刻外へ出て絵の具を買いにいかなければならない。
それが一番安全な振る舞いであった。

「あぁ、でも私はこれからお買い物に行くの。
気の毒だけれどその要望には応えられない。
私は私だから。」

「あら、そう?
それは残念だわ。
でも、そう諦めがつくと思ったらそうでもないのかもしれないわよ?」

「・・・いってきます。」

足早に階段を駆け下りた。
なんなんだあの女は。
存在しているのかあやふやであるものが、私を欲しいのだと言う。
そういう性癖でもあるのか、それとも本当に娘としてであるのか分からないが、あの口振りが不安を煽る。
もしかして、そう、本当にもしかするとあの異質さを誇る鏡と現実の間を引き裂いて潜り込んで来るような気がしてならない。
母から私を取るようであれば私自身、あの鏡の世界で巣食う何かになってしまうのかもしれない、とそんな想像が頭を埋め尽くした。
勢い良く開けた扉の先はいつも目にする風景があり、その安らかさに鼓動の早さも大分静まり返って来た。
冷や汗が止まらないものの落ち着きが戻ってくる様を受けて足を踏み出す。
恐ろしいことは、考えるものではない。
自分らしくなかった、と頭を振って走っては文房具屋を目指した午前10時の頃だった。


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