「また行きたいわね。
ほら覚えている?
鏡の部屋のある遊園地。」

晩御飯を少しずつ口内へ詰め込んでいくと、唐突に母からそんな言葉を貰った。
単身赴任で我が家にいる事が少ない父親は今日も居らず、私と母だけの夕食は殆どが母のお喋りで埋め尽くされる。
母は話す事が大の趣味であり、それが無くなってしまうと死んでしまうのではないかと思うくらいには忙しなく口を開け閉めする特技を持っている。
言葉製造マシーンであるかのような母は、たまにかなり前の記憶を引っ張り出して来ては私に披露していた。
貴女が産まれた頃は良く晴れていて、や、私が中学生の頃はこんな物が流行っていて、など到底私には理解しようのない事をその薄い唇から飛び出してくるのだ。
聞いていて飽きはしないが、その代わり想像し難い。
キャベツの葉が包む肉を箸の先端で切り離しながら口へ再度運ぶ。
ボロボロに崩れいく葉と肉の破片は器の上に乗っており、舌先へ染み込む残骸を堪能しながらもゆっくりと喉の奥へ押し込んだ。
鼻先まで通うその香りに一旦箸を置いてはお茶で濁す。
潤う口と溜まる胃袋の関係は結婚している夫の過ちである愛人の不倫関係に似ていると思いながらも母の声に耳を傾けた。

「なにそれ。」

「あら、やっぱり覚えてないの?
貴女小さかったものね。
私が抱っこしてるぐらいだったから、5歳くらい?
貴女ったらいっぱい映った自分の姿がよく分かってないのか「いっぱいるー。気持ち悪いー。」って言ってたのよ!
あらやだ可愛いって思っちゃった私も若い頃ー!!」

キャー!なんて笑顔で言ってのける母に愛想笑いを浮かべながら漸く食べ終わった食事の後片付けに取り掛かり、その場を後にした。
お風呂に入ったり、歯を磨いたりしていると案の定私ではない誰かが顔を覗かせて来るがそれらを全て無視する。
今日の私は閃いてしまったのだ。
お喋り母のお陰で遂に私の姿が解き明かされるのかもしれないのだ。
そう考えただけでも笑顔になり、鏡の向こうからは「頭でも打ったのか?」と心配でもされたが私にはどうでも良い事だった。
今日でこの男達ともお別れが出来るのかもしれない大発見であり、それが楽しみで嬉しくて一人舞い上がる。
今まで気付かなかったその方法に母への感謝の念が大きく胸の中を支配した。
柄にもなく「ありがとう!」と叫び倒したい程の感動であったのだ。
だから今はいない父親の部屋から姿見を盗み出す。
我が家に姿見は二つあり、それを二階まで運ぶには少々苦労はしたものの、苦ではなかった。
なんせ、私という存在に会えるのだから。

「・・・死んでしまえ。」

鏡と鏡を向かい合わせにしてその世界を作り出す。
そうして出来上がった無限の世界に私自身を潜り込ませた。
大きく連なる反射の世界で私は自分を見つけられるとそう思っていたのに、ただただ目の前、そのまた奥、そうしてその奥の奥。
続いていく合わせ鏡には見知らぬ男達が必然とでも言うべく佇む連なりがあるだけだった。
嫌に統率の取れた男達はブレる事なく私をじいっ、と見つめるだけでなにも言わない。
それはある種の拷問のようなものであり、実際浮かれたいた私は奈落の底へでも突き落とされたような感覚に陥ってしまったのである。
思わず口走ってしまった言葉は床に落ちていってしまった。

「その顔は懐かしい。」

「違う私はアンタ達なんか知らない。」

「知っていなくとも知らなくとも関係ない。
俺たちは確かにお前と出会っているのだからな。」

誰が話しているのかも分からない顔ぶれの違うその男達は私にそう囁くように乏す。
なにがなんだか分からない私だが、先程の母の話を思い出した。
鏡の部屋で放った幼い私の虚言めいた台詞はこの男達に向けられたものでないだろうか。
だからこの男達は私を覚えており、私はこの男達の事を覚えていないのだと、確信してしまった。
非常に腹の立つ話である。
握った拳を自分の頭に叩きつけた。
学んだ事を衝撃と共に記憶へ刻む。
それは虐待の一歩であった。

「気持ちが悪いわ。」

「それと同じことを貰った事があるぜ。」

「あの時は母親に連れられてまだ可愛げがあったものだがな。」

全員が全員帽子を被り直して綺麗に整列する。
その気味の悪い統率さに吐き気を覚えながら姿見を急いで父親の部屋へと移しに掛かった。
もうこんな目に遭うのは御免だ。
だからいつもの一人ずつの相対で済ませてやろうと、早まる心臓の音に耳を塞いで寝床へその身を横たえて必死に目を瞑った。
夢に出て来たならばその時は全力で殴ってやる事を胸に、私は夜を駆け巡る。


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