太陽が真上から少し傾いた時間、私はこれ程までに今日を恨んだことはない。
各々配置された勉強机の上に鏡を乗せ、自分と向き合う。
手元には画用紙と筆箱、絵の具があり、限られた時間は長針が少しずつ削り取っていくだけの音を耳元に納めながら黙って、じっと、私だけに見えている男から視線を逸らさない。
図工の授業での難関な内容に私は打つ術もなにもかも持ち合わせてなどいなかった。
自画像を描く内容であるが、私は絵が嫌いなのだ。
全世界全ての美術館に火を放って芸術と呼ばれる概念が消え去れば良いと思う程に私の腹の中は煮えくりたぎっていた。

「自分の顔が分からない。」

賑やかなクラス内の中でそう一人ごちる。
目の前の何を考えているのかよく分からない男は首を傾げている。
アンタがそこを退けてくれれば話が早いのに、とは言いも出来ず、真っ白な紙の上に腕を投げ出した。
なにもやる気が起きないのだ。
指先を頬に寄せてみても形がイマイチ把握出来ない。
仮病でも使って保健室に立てこもる事件でも起こしてやろうか、とふつふつと思い留めていれば目の前の男は私同様に手に持った紙とペンでなにやら暇潰しという風に描き起こしていた。
人の気も知らないで呑気なものだ。
更に怒りは湧いて出て来るのをきっと誰も知らない。

「描かないのか?」

「描けないからなにも出来てないのよバカじゃないの?」

小声でそう嘯いてからは押し黙った。
視線をこちらに落としもせずにひたすら紙の上に筆を走らせていくその様を見ながら秒針に耳を傾ける。
過ぎていくゆっくりとした音は私を一つ一つ老化させて行く。
時が進む度に私の肌や視力や髪の本数やその他大勢のものが変わっていっているというのに、そんなことを考慮しないクソ教師に絵筆の柄をその丸々とした黒い的目掛けて刺しては脳味噌をぐちゃぐちゃに混ぜてやりたい気持ちでいっぱいだ。
子供の事を少しでもいいから考えてほしい。
それを願うのは私だけではないハズだった。
そうであってほしかった。

「出来た。」

「なにが。」

「目の前の人物。」

いつの間にか伏せてしまった目を元通りに開く。
するとすぐ真正面には色が混雑とした何かが描かれていた。
上から降って来た物を全て受け止めているかのように、色塗れになったその白い紙は何故だか息をしているように感じる。
鏡の世界越しに現れた現実の紙の上にも全く同じ完成品が顔を出し、こちらを見つめていたのだ。
息を吐きながらも絵筆に手を伸ばす。
抽象的すぎて私の手には負えなかった。

「親が子供の夏休みの宿題をやった結果みたいな状況じゃない。」

「個性が出る。」

「アンタの個性でしょ。
私には一切関係ない。」

もうこんなぐちゃぐちゃの意味の分からない絵を提出するぐらいならば、と腹を決めて私のやり方でやるしかないと感じた。
それしか道がないのも事実であり、現実であった。
どうにでもなってしまえ。
男は無言で私の手元をただただ見守るほかに手段はないであろう。
何もできないのだから。

「それではお片付けをしましょうね。
筆や鉛筆を一旦置いて静かに廊下の水道で洗いに行ってください。」

はーい。
騒がしかったクラス内は教師の掛け声に一斉に声を口から吐き出してはガタガタと立ち上がり、我先にと水場へ群がる様はまるで蟻のようである。
あんな風にこれからも育っていくのかと想像しただけで吐き気を催してくるが、私も仕方なく席を立つ。
そうしないといつまで経っても片付かなかったからだ。
言い訳などでは決してない。
事実明快。
それだけの事である。

「あら、どうしたの?
自分の絵じゃないわね。」

生徒の絵を視界に収めるべく徘徊する教師に目を付けられた。
こうなる事も予想済みである。
それは私が人物を描いていなかったからだ。

「私の絵ですよ。」

「でもこれ、お花じゃない?」

「えぇ、そうです。
ブーゲンビリアの花を描きました。
この花は私そっくりです。」

一気に捲し立てその場をすぐに立ち去る。
小言を聞くのは今日の私には耐えられそうになかったからだ。
ストレスでおかしくなるぐらいにはイライラとした気持ちを募らせ過ぎてしまった。
反省もなにもすまい。
非日常が私の日常へと打って変わっているのだからどうしようもなかったのだ。
教師の怒りを聞く必要はない。
最後に映った男も「良く描けている。」と零した事だから今日はこれで良いと、自分で自分を慰めた。


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