素封家没落


薄暗い廃工場にて、三人の男の死体と一人の生きている女一人とを、俺と腐った女とで取り囲んでいた。
死体にはそれぞれに撃った鉛の弾が脳天や心臓に埋め込まれている。
俺の腕も大したものではないか。
そう自画自賛でもしている傍で独り言をぶつくさと言い続けながらその生き長らえた女の首元に手を掛けている底知れぬ"白物"は死臭の混じるラベンダーの香りを上らせながらふつふつと笑みを浮かべていた。
人の皮膚の二倍を誇るその厚みのある頬は爛れており、しわくちゃに折り畳まれている。
醜いと言えば醜くあるが、それよりもその"白物"は今獲物を捕らえようと必死であった。
相手は寝そべりながら息をし、"白物"はまるでその女のことを膝枕でもするような形で相対していたのである。

「クラシック、そうだクラシックとはなにか知っているかねジェーン・ドウ。
クラシックは中世西洋音楽に始まりルネサンス音楽、バロック音楽、そうして最近では近代音楽や現代音楽にまで上り詰めた由緒正しい実しやかなる音楽だ。
6世紀からずっと続いているクラシックの中でもとある音楽学者は言った。
彫刻や絵画等と同じように速度や強弱、音色などに対比があり、劇的な感情の表出を特徴とした音楽だ、とね。
これはバロック音楽だ。
つまり音楽そのものを貶す事など愚かも甚だしいと言うことだ。
音楽を只の騒音や近所迷惑の一つであると、そう捉えているのならばそれは訂正したまえMs.ジェーン・ドウ。
君はクラシックは好きかね?
私は大好きだ、あの流れる緩やかな芸術作品をこれまでに見て、聴いたことがあるかね?
私はない。断言出来る。
だから、だ。だから私が好きなクラシックを貶す事は即ち私の安泰を憚った事に繋がる訳なのだよ。
いいかいMs.ジェーン・ドウ。
君の音楽嫌いは噂を通り超して今では伝説となっている。
私はそれを許しておけないのだよ、それだけは理解してておくれ。」

ミチッ、と皮と肉が離される音が小さく木霊する。
意識のある女の小さく窄められた口からはまるでジャバウォックが泣き叫んでいるような汚らしい悲鳴が窓から飛び出して空の彼方まで広がっていきそうだ。
五月蝿くて敵うハズがない、と片耳を塞いで雑音を半減し、自分を守る。
ギチミチと音が段々大きくなるにつれ、辺りに飛び散る血の量が増えていく。
次第に返り血と垂れ流れた血液とか混ざって床を濡らし、てらてらと輝くその液体は蛇のように唸り蛇行して伸びて行った。
相変わらず気持ちが悪い行為だと常々思う。
新鮮で血塗れな人間の皮をそのまま被っては人生を成りすますそうだ。
初め聞いた時は冗談ではないと我が身を匿った新しい記憶がある。
しかしそれとうって変わり、綺麗に野苺でも摘むような感覚で女の皮膚を肉体から剥がしていく時の顔は恍惚に歪んでいて更に気味が悪いのなんの。
快楽殺人鬼ではないのかと疑いたくなるが本人は殺すと言うよりも成り代りたいだけなのだと言う。
とんだサイコ野郎だ、と"白物"に対して言いたいが、今夜の獲物は見つかったのだ。
俺に対しての嫌がらせなどないだろうことを祈り、罵倒を避けた。

「お前なぁ、ソレ、ちゃあんと殺せよ?
ソイツも一応仕事の対象だからな。」

「ん?あぁ、Ms.ジェーン・ドウのことかい?
OKだよ仕事はちゃあんとやるさ。」

肉しか見えない首に指を突き立てて声帯を引っ張り出す"白物"はそのまま首の骨をへし折って女を黙らせた。
片手にはしかと今は亡き女のものだった顔が握られている。
相変わらずの早業に腹が満たされる感覚に陥り吐きそうな程だ。
イカれ女め、遊んでなどいないで早く俺の分までの報告書をまとめて仕事を終わらせろと視線を向け念を送った。

「少しばかり席を外しておいてくれないか?」

「あ?なんで。」

「君はレディーの着替えに興味でも持っているのかい?
女の秘密を覗けばどうなるか知らん方が良いだろうに。」

「・・・あのさぁ、それあれだろ?
着替えと言うより付け替えだろ?
血でシャワーを浴びてるようなお前の顔見たって分かりはしねぇよ。」

「うむ、では仕方がないな。」と腐敗の進んだ顔を剥ぎ取り、また新たな顔を早々に被り始めるその行為もやはり早々としたものだった。
死んだ女が息を吹き返したような瑞々しい姿を浮かび上がらせては、微微たる笑みを俺目掛けプレゼントしてくる"白物"には悪いがちっとも心が揺れ動いたりなどしない。
それはお前の性格難が生み出しているからして俺は悪くないと言い張ってやりたい気持ちに駆られつつも身じろぎ一つしなかった俺は最高に偉いだろう。
誰かに自慢してやりたいぐらいだった。

「ねっ!ねっ!早く帰りましょっ!
こんな薄暗いところなんてもう沢山!!」

そう駄々捏ねる娘の顔をした"白物"は華麗なステップを踏みしだきながら廃工場を後にした。
先程まで身を潜めていた前の女のことなんぞに目を向けず、通り過ぎるよりも最も残酷に踏んで行ったのだ。
お前の人生はこれで終わりだよアルタイル。
かく言う俺も一礼を施さずに場を去る。
賑やかになった雰囲気に少し気疲れをし、せめて帰りの電車の中ではゆっくり寝させてくれと懇願する他ないのだった。


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