雨の降るアメリカの空は暗く無常だ。
空気も冷たく肌に突き刺さる様がなんとも言えない。
口に出すのが億劫な程、自分の誕生の日を恨めしく思った事はないだろう。
今夜は仕事だ。
アメリカの大統領に喧嘩を振っかけて来た小汚い輩の掃除を、私一人でやらなければいけないらしい。
憂鬱極まりない。
血みどろに濡れた身体で祝いの席にも付けぬまま終わる誕生日などどこにあるのだろうか。
こんなお祝いは断じていらぬと、重い足取りのまま外に出る廊下を渡り歩く。
広々とした空間の中では私の足音しか聞こえない。
静まり返った世界の中で実は私は死んだのではないかと錯覚するぐらいには落ち込んでいる。
贅沢とは言わないまでも、せめて普通にこの日を過ごしたかったと首を傾けた。
涙さえ流れ落ちていきそうだ、とガラスに当たる雨粒の大きさに目を移してみた途端にぎょっとした。
そのガラス越しにはいつもの黒い衣服を身に纏ったブラックモアが私を覗いていたからである。
あまりの驚きに心臓が止まりかけそうになったのを堪え、口から飛び出しそうになった言葉を噛み砕く。
なんなのだろうかこの人は、と治らない心拍数を衣服越しに握りしめた。

「スイマせェん、ここを開けてくれませんか?」

くぐもった声が聞こえるのはそのキャッチザレインボーのせいか、窓ガラスのせいか。
どちらにせよ開けなければならない運命にあるのは、この人が私の上司的立場であり、頭が上がらないからである。
恐る恐るでも手を伸ばし、鍵に手を掛けては窓を開け放った。
落ちる雨水と痛い冷やかな風に目を細めながらこちら側へずるり、と入ってきたブラックモアを眺めた。
白々とした彼の肌は雨風に吹かれると更に白く冷たくなる。
死人にでも見える彼はそれでもちゃんと生きていて、呼吸をして、大統領を敬愛し、雨の中を渡り、人を殺し、教本を読む。
そうして今ちゃんと私の目の前に立っているのだ。
最初この人を見かけた時から今日というこの瞬間まで感じるのは、やはり不気味と言う雰囲気であり性格だ。
私は、この容赦のない綺麗な彼が正直に苦手である。

「なにか、御用で・・・?」

「唐突でスイマせェん。
今日の仕事の件なのですが、私も同行します。」

服に付着した雨水を振り払う事もせず淡々と立ち続けるブラックモアはいつもの彼に変わりない。
「相手側が多いようなので。」とこれまたこまり眉の無表情で付け足された。
苦手な人と仕事とは、今日の私はツイていないらしい。
息を深く吸い込んで自分を諌めた。

「そうですか。
でもそれならば窓から入って来ることもないのではないですか?
この廊下の奥からでも呼び止めてもらっても良かったのですが・・・。」

「雨が降っているのでこちらの方が早いんですよ。
書類も持って来ました。
目を通しておいてください。」

分厚い資料をその重厚な衣服から取り出しては私に投げるように渡してきた。
それはまるで時間が惜しいとでも言うように早々と行われる。
彼は私といるこの時が嫌いなようだ。
それもそうだろう。
私はこの人が苦手であり、この人も私が嫌いだからだ。
馬が合わないのだろう。
性格も真逆だから、仕方ない。
仕方のないことなのだ。

「早く行きましょう。」

「それ程までに、仕事を終わらせて大統領の役に立ちたいのですか。」

投げ掛けた言葉に首を傾げるブラックモアを一目見て私の方が疑問に思う。
なんなのだその反応は。
そんな事は朝飯を食うよりも当然だと、そう言いたいのだろうか。
愛国心で動くと言うよりも、彼の中心は大統領であるようだ。
愚問であったと反省を来す。

「大統領の為ですよ。
当たり前です。」

「そうですよね。」

「しかし、今日は貴女の為でもあります。
仕事が終わり次第ご一緒にお食事でも如何ですか?」

カツリ、と足を運ぼうとした瞬間、やはり行動が止まる。
なんと言ったのかは聞き取れた。
しかしそれは私の聞き間違いであるのかもしれない。
だが、聞き返すのは愚の骨頂だ。
この人にもう一度同じことを言わせる事だけは、避けたい。

「お返事は?」

物を言わせぬ言い方、ではない。
柔らかく丁寧な口調に顔を顰めてしまうのは、今までに抱いていた彼への勝手なるイメージからだろう。
彼は意外にも私のことが嫌いなわけでは無いらしい。
私が嫌なヤツであったのだ。
これには反省も深くなる。

「私で、よければ・・・。」

「それは良かった。
今日は貴女の生誕祭ですからね。
女性が一人で血みどろのまま誕生した日を祝いたくはないでしょう。」

「・・・覚えているものなんですね。」

「部下ですから。」

当たり前のように言われて返す言葉が見つからない。
私の前を歩くブラックモアはなんとなく早足であるように思う。
彼の意外な一面が見れた瞬間であり、私の価値観も変わった瞬間でもあった。
私は、まだ救われているのだと今日、この日に感謝して彼の後を追った。
雨はまだ降り続いているが、きっとこれは、私へのプレゼントだろう。
そんな思いを彼に向けて私は強く踏み出した。






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