木が悲鳴を上げている。
焚べた暖炉の中でごうごうと燃え盛る炎の楽し気な声とのミスマッチが私の耳の奥深くを侵食して離れない。
どこもかしこも戦争か、と顔が暑さにやられながらも気にせずに暖炉の前に座りこけては咳き込む。
熱が肺を循環する度に焼かれる思いを味わうのだ。
そんな地獄にも似た場所を離れないのはやはり、私が人を殺すと言う過程において酷く酷似しているからだろう。
知りもしない他人の生き血を浴び、魂を貪る無駄な時間の中を確かに私は生きており、紙幣で動く国の丁度心臓の部分に生息している。
ばちん、とまた悲鳴の上がる牧の声を確かに聞きながら私は更に咳を零す。

「そこから離れろ煩わしい。」

近くで本を読んでいた彼女がとうとう私に呼び掛ける。
読者の邪魔をしてしまったようで、申し訳なくなり「ごめんなさない。」と、暖炉から身体を傾け、幾分冷えた顔の熱に身体が冷やっと水から氷にでもなるかのように体温を下げた。
肺から、心臓から、焼け焦げたものではなく、新たな新鮮な空気を入れ込み大地に芽吹く生命のような感覚を味わった。
暖炉の地獄絵図とは違い、外界の神秘さにただただ私はひれ伏すしか術はないのだった。

「謝るのならば初めからそこにいるんじゃあない。
五月蝿くて本が読めん。」

「すいません、暖炉が好きなもので・・・。
博士は今日読書日和なのですね。
てっきり私はお散歩に行ってらっしゃるのかと・・・。」

「お前はマヌケか?
外を見ろ。
吹雪に埋もれた大地の悲しき激情を。
あの中に私が飛び込めば大地もろとも息絶える。」

まあ1時間と27分前には尊敬の儀式を開きに行ったのだがな、と末恐ろしい言葉を貰い受けると私はもう一度暖炉へと目を傾ける。
彼女は焼ける事がお嫌いなのだろうか。
と、そう思いつつ赤い色が靄のように漂う炎を見つめながら漸く私は立ち上がると、そのまま夢遊病患者のようにその場を後にして別室を訪れる。
綺麗な暗闇が占めるその空間にて一つのシーツを掴み取るとそのまま元の位置へと足を戻す。
ロッキングチェアに座り、生きているのか死んでいるのか分からない彼女はまるで生きた人形のようである、となにも掛けられていない肩にシーツを程よく回した。
驚きもなにもない彼女がゆっくりと私へ振り向く。
約1時間30分前に外に出ていたように見えない彼女の潤った唇が開閉し始めたのを見ると死んでいるのは私の方だと悟った。

「遅いぞこののろま。」

「すいません、気付くのが遅れて。」

トゲトゲしい言葉をプレゼントされた私の手を無遠慮で高慢にも取ってくる。
しかし彼女はいつも唐突にそういう行為をしてくる為か私も驚きなどは感じなかった。
肌の綺麗な彼女は、私を見上げる形になるもののまるで私が見下されているんかのような錯覚に陥って仕方がない。

「冷たいな。
まるで人形のようだ。」

そう呟いた彼女は早々に私から手を離す。
ああ、同じ事を思っていたのだな、と後ろめく悲哀のもと、私は暖炉の前には当分立てなくなってしまった。





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