真冬の駅は冷たい。
駅内にあるベンチに身を潜ませてはマフラーへ埋めた口を少しだけ空気へ触れさせては息を吐いた。
白い細い、蛇のように変化した吐息は空の彼方へと昇っていくのを、ただ見送りながらも私は電車を待ち侘びている。
遅れているという訳ではない。
私が単純に早く着いてしまった、とそれだけなのだが、果たして隣に座る女性は一体何者であるのか。
駅を利用し始めて幾月ばかり経っているのだが、その度に彼女は私の隣を制していた。
てっきり立っているのが嫌であり、たまたま私の隣へと座っているだけなのかと思っていたのだが、どうやらそれは私の勘違いであるらしい。
私が立っていて、ベンチが空いていたとしても彼女は隣へやってくるのだ。
雨の日でも晴れの日でも関係なく、見た目が派手なその女性は煙草を吹かしてはなにやら考え事でもあるかのようにどこか遠くを見て私から離れようとしない。
最初の頃はなんだか気味が悪かったものだが、慣れとは恐ろしいものであった。
毎日されているとそれが当たり前であるかのように感じてきて感覚が麻痺している。
近過ぎる距離に動じずに電車を待つのは至極当然であったのだ。
だからこそ私は今もこうしてどこを見ている訳でもなく、彼女の少しばかりの体温を身に受けながら冷たい風を浴びる。
恐らく、彼女がいなければ私は死んでいただろう。
一ヶ月前右手に持ったサビついたカッターがそれを物語っているかの様にペン立てに刺さっているのを思い出す。
社会の理不尽さに命を投げ出そうと計画していたのだが、あまりにも彼女がしつこすぎる為に情が移ってしまった。
名も知らぬ彼女が私の隣にいる限りは、私は死ぬ事はないだろう。
彼女は私と現実を繋ぐ、言わば鎖のような存在であると自負している。
だからこそ、その煙たい白い線が服へ染みつこうとしても私は気にしなかった。
恋慕と恨みと感謝が入り混じるこの感情を隣へぶつけるのが私の日課である事を、決して彼女は知らない。
全世界においても、それを知るのは私ただ一人であるのだ。
これは特別凄い事であった。
誰かに自慢したいぐらいには、私の頭は程よくイかれている。

「あのさぁ。」

ふいに投げ掛けられた言葉は隣から。
初めて聞いた彼女の声はタバコのせいかヤケに曇っているように、私の耳の奥へと届く。
思わず身体を固まらせ、近い彼女との距離を更に縮まらせては彼女のその霞んだ声の続きに期待を膨らませながら待った。

「いつになったら攫って行ってくれるワケ?
待ってるんだけど。」

ふぅ、と顔に吹きかかる白い煙。
それに噎せてしまい、咳き込む私に彼女は無理矢理にでも、その奇抜な色をした唇を私の乾涸びた唇へとまるでパズルでもはめ込むが如く合わせてきた。
未だ肺に滑り込んだ煙に苦しくなりつつも、彼女は更に舌を忍ばせて、コーヒーの味とも違うほろ苦いものを私の口内へ押し付けてくる。
蹂躙する柔らかな舌の感触にとうとう吐き出してしまいそうな肺に引き攣った顔を晒す。
目の合った彼女はにたりと微笑んでは漸く短いとも長い接吻を終わらせてきたのだ。
垂れる唾液がどちらのものなのかは分からないが、彼女から顔を逸らしては体内へ巡った煙を外へ嗚咽と共に吐瀉した。
汚い声が響く駅内には私と彼女しかいない。
それが救いであるのか、はたまた悪への一歩なのか到底小さな私の頭では理解出来なかったのだ。

「左手の傷があいたしない内に私をものにしちゃいなよ。
その方がずっと楽なんだぜ。」

「君は、相当私の事が好きなんだね。」

短くなったタバコの吸殻を地面へと落として綺麗にまとまった靴の底辺で乱雑に踏みつける彼女は魔性の女とでも言うべきか。
捨てたタバコなぞ目もくれず、私の方をじっと見つめては目元を細めて軽く微笑んでいるのだ。
これは、参った。
私はどうも彼女に最初から溺れていたに違いないと確信しては再度近づいて来た彼女を、払い抜ける程の度量など持ち合わせていなかった。

「今更かよバカなんじゃないの?」

そうしてぶつかる柔らかさにとうとう私は崩れ落ちる。
定時時刻を回っても電車が来なかったのはきっと、彼女の仕業に違いない。
彼女は私への爆弾魔であったのだ。





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