それは大粒の雨が降る夜の事でありました。
母君の帰りを待ちわびていた女の子が草木も眠る頃に暖かなお家を飛び出したのでありました。
雨粒を避ける道具を持たず走り出したものですから全身が雨を受け、身体が重くなります。
だのに女の子はその次々に動かしている足を止めることはありません。
母のいつも通っていたお店や散歩道、仕事場までも隅々に渡り歩いておりました。
それでも女の子を産んでくれた愛しき母親の姿は見当たりません。
女の子はとうとう走り疲れ、地面へへたりと座り込みましたところに雨の中を渡る、一人の黒き影がありました。
その影は女の子へ近付くと、さも意味あり気にも口を開いてこう言ったのであります。

「どうしたのですか、こんな夜分遅くに・・・。」

「私のお母さんを捜しているのです。
ですが、何処を捜し歩いても見当たらないのです。」

雨のせいで濁った泥水が女の子の服へ染み込んでは更に女の子の気持ちを下へ下へと引きずり込んでいきます。
今まで堪えてきた涙が寸でのところまで溢れました。
影はそんな女の子にさも当然の如く手を差し伸べて来たのであります。
間延びした、感情が何処へ行っているのか分からない影は手に持った傘を傾けながら女の子を立ち上がらせました。
するとたちまちの内に雨降る夜を女の子と共に上っていくではありませんか。
女の子は空から落ちないように必死で影を掴んでいます。
走って来た道を戻るのは女の子にとって不安も同然であり、心に淀めくどろどろとしたものは消えることはありません。
そうして我が家へと再び地に足を付けると影はやはりどこか感情の薄い声で女の子に告げるのです。

「明朝になれば戻られることでしょう。
それまではここで待っていてください。
良いですか、朝になるまで誰かがこの家を尋ねて来たとしても決して扉を開いてはなりませんよ。」

決して、と念を押しては影はまた天を駆けて何処かへ飛び去ってしまいました。
女の子は不安ではあったものの、影の言うことに従い黙って戸を閉めたのであります。
風と雨が一段に強くなっては、それに混じるようにどんどん、と戸を叩く音が聞こえたのですが、女の子は決して開こうとはせず寝室に蹲り夜をすごしたのです。
朝。
昨晩の影が言っていた通りにも女の子の母君は帰ってきたのでありました。
しかしその様子はどこか変であり、女の子が声を発しても中々返事が返ってこないのです。
隣にいた警官と思しき男は深々と帽子を被り直し、とても残念であるようにお辞儀をして女の子を抱き締めるのでありました。





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