寒いぐらいの風が通った部屋で一人膝を抱えて彼を待っていた。
彼は過保護すぎるぐらいに私に甘い。
この前なんか一人で入れると言うのに浴槽で二人きり、彼の細く白い指が私の冷え切った肌を滑らせる。
それを繰り返して綺麗にアカを落とす彼は爽やかだった。
髪を丹念に洗い、耳も水に浸し、ついでに歯も磨いてもらった。
彼は綺麗好きなのか、膣内や爪の清浄も入念に行われ、私はすっかり汚れがなくなった。
清潔で軽やかになったのは正しく彼のお陰だ。
一生分の美しさが手に入った瞬間。
そんな私を彼は、これまた愛おしそうに頬を撫でてくれたのだ。
それだけで私は幸福を得たのだ。
彼の過保護さに、私はいつだって飢えている。
女性に物を贈る人ではないのに私には着飾りを教えてくれて、中身までも常に愛してくれた。
そんな彼をここで待っていることこそが私の役目であり、希望なのだ。
最近誰にも会えていないが、それでもここでの生活が気に入っている。
耳が半分聞こえずらくなってきたが、それでも生きる喜びが胸の内に留まっているのだ。
あぁ、彼が好きだ、と声にならない声で呟いた。
そうすると、タイミングを見計らったようにバタン、と開けられる扉に心が躍る。
いつの間にか彼が私の目の前にいたのだ。
駆寄りたい気持ちでいっぱいなのに、足が言うことをきかないのが辛い。
私は貴方が必要であるのに、身体が動かないのは難点だ。

「今日はなににしましょうかね。」

そうやって調味料を片手に首を傾げる彼の後姿はしなやかでいてとても魅力的だ。
昨日はヒレ肉のカルパッチョであったし、その前はソテーだったことを一人ごちる彼を背後で見る楽しみが私は好きだった。
彼の感情を感じさせない物言いがよく聞こえない耳に間近として入るのはクラシック音楽のようでいて心地が良い。
子守唄のようでもある。
だから私はすぐにでも眠りに就ける。
だが、眠ったら全てが終わるとも思っている。

「西洋続きでしたからね。
今夜はテクスメクス料理でも致しましょうか。」

お肉と、その他もあることですし。
フライパンに油を引いて肉などを焼いていく様を温まった床の上でじっと彼を見上げる。
心なしか笑っているように見えて、他人事のようにそれが嬉しくなった。
また貴方の役に立てるのね。
涙が滲み出そうになりながら調理を終えた貴方との席に腰を下ろす。
これで、彼と一緒になる時間がまた減ってしまった。
寂しい思いがあれど、それでも私は貴方の為に全力を尽くしたい。

「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。
ここに用意された物を祝福し、私たちの心と身体を支える糧としてください。
・・・父と、子と、聖霊のみ名によって、アーメン。」

十字を切って頂く食事。
痛みを感じさせないそのフォークの先が、しわくちゃになってしまった私の目に突き刺さる。
貴方の清らかな唇の、その奥へと押し込まれてとうとう見えなくなってしまった私の視界が暗闇に閉ざされた。
でも完全な暗闇ではない。
貴方という明るさのある暗闇はいつ何時も私を照らしてくれるのだ。

「好きよ。
ブラックモア、私は貴方が一等に愛おしい。」

聞こえていないだろう声を貴方の身体に押し付ける私に異論など挟ませやしない。
だって、もう私の体は残り少ないもの。





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