だりん、と、目覚ましの音が耳元付近に入ってくる。
未だ眠く、怠い早朝の5時と言うのは些か呼吸さえも止めたくなるほどのものであり、なんとなく動くことに嫌悪感を抱いてしまう私は未だにだりんだりんと鳴き声を吠え散らす目覚まし時計を右手で鷲掴み、ベットの脚へ叩きつけるとネジやバネが音を立てて逃げ出した。
ベットは脛を痛めつけられたショックから跳ねて涙目になる。
五月蝿いなぁ、と中身が飛び出した時計の秒針や旅立とうとしているバネを捕まえて口の中に放り込む。
ぼりぼり。
水分の欲しくなる乾パンに似た時計の味を舌に抑えつけながらぐっすり、私よりも寝坊をしているカーテンを引っ張り起こして太陽を拝んでは背伸びを一つする。
ううん、君の姿は世界で誰よりも活発な悪女だ。
残りの目覚まし時計に手を付けながら支度でもしようかと、無表情を決め込むムッツリなドアノブを捻って別の見慣れた世界へ味を踏み出すのと同時にインターホンが「おい早く出てやれよ客が待ってんぞ。」と私を呼ぶ声が聞こえてくる辺りバカにしていると思う。
インターホンの曲変えてやっても良いんだぞ、と脅迫を送りつつそのドアの向こうで待っているであろう人物をドアを取り除いて対面した。

「・・・随分と顔が忙しないな。」

「まだ準備出来てないからね。
華やかに出来るだけ綺麗にするよ。」

蕩けたドアの向こう側にいるのは軍人姿をした友人のような人物だ。
毎週日曜日の朝、9時に食事の約束をしているのだが、果たしてどちらが先にこう言う面倒なことを言い出したのかは覚えていない。
それに毎回集まるのはこのモンスターハウスの胃袋の中なのがどうも気に食わない。
陽の当たりは良いし、わりと設備も整い、市場だって二、三歩宙へくるりと出歩けば着ける距離にあるのだが、難点なのが毎度私としては同じ風景であるのがなんともいただけないのだ。
たまには諸刃の剣のような場所へのさばりでもしたいものなのだ、とため息を一つ吐いた。

「卵がフライパンの上でリンボーダンスするぜ。」

「それはなんの愚痴なんだ。どうでも良いが腹が減った。」

「いやね、君ね、たまには君の家でも良いだろうに何故毎度の事ながら私の家にやって来るのだね。
自分の家が嫌ならばそこいらの喫茶店でもいかがかね。
ほら、あそこの屋根が飛び回っているところがあるだろう?
あそこは麦の腹踊りが拝めるらしいと噂の曰く付きのレストランでね・・・。」

「普通に食わせてくれ。お前の粗末な腕で充分だ。」

土足でズカズカと上がり込んで来る靴が泥を絨毯に撒き散らしていく様を後方より眺めながら失墜のドン底にいる気分を味わいながら蛙が池へ飛び込む時の表情で客人を見送る。
その土はあとで料理のスパイスにでも使おうかと手で拾えるだけ拾って胡椒瓶に詰め込んだ。
シャッフルすると月の音がシャリシャリと聞こえてくる逸品だ。
彼の土産と言うものは戦場で売っている戦弁当みたく不釣り合いだが中身は確かだと私は思っている。
取り敢えず身支度が先か、とひょろりと伸びるパスタのシャワーを手のひらに受け顔に塗りたくりつつ姿の映らない鏡の前で私の手から滑り落ちるタオルを漸く手にして顔を拭う。
まあ、マシにはなったよ。
パスタのオイルで寝汗の取れた顔を擦りながら髪を整えると引き締まった顔が生まれる。
その状態で鏡を素手でかち割って中から塩と鍋を取り出したらそのままキッチンへと向かって揺れる水面を鍋いっぱいに注いでは火に掛ける。
仕方がないのだから豪華に装ってみよう、と乾涸びた麺をマグマのような鍋の中へ投入すると一気に水分を多く含み暴発する。
その麺を一旦氷山のボウルへ入れて冷ますとしな垂れる様子によしよし、とザルへと麺を移して水気を取る。
最後の力を振り絞る麺の大暴れに苦労しながら堀の深い中皿へ大人しくなった麺を植え付けてオリーブオイルと月の胡椒を振り掛けて、周りに彩り鮮やかなトマトまを添えれば一品めは完成だ。
さて次はなにを作ってやろうかと思うこともせずにフライパンを熱に当てる。
火傷をした跳ねるフライパンを鎮めるように油を落として労わると同時に卵を溶いてはその鉄の塊に毛布を被せてやる。
一回しして菜箸で軽く揺すると綺麗に畳まれる卵にふと思い至って氷山の一角に聳え立つチーズの王様を引っ張って削りに掛けてはそれを毛布の中に包んでやるとたちまち美味しそうな匂いが立ち込めるのだ。
私ってば天才。
最後にバジルの欠片でも振ってくるりと卵を宙に浮かせればあっという間に卵焼きは完成だ。
品数は少ないがこれはこれで良いだろう。
スープは簡単にインスタントを用意してお椀によそよそしく注いだものを侍らせて客人の待つテーブルの上へと置いた。

「どや。」

「ミスマッチだな。」

「これだから私は君が嫌いなんだよ。」

向かい側に腰掛けて私は箸を、相手にはフォークを与えて手を合わせていただきますの呪文を唱える。
向こうも私の生活に合わせていただきますと口を揃えてくれるところだけは可愛げがあるのではなかろうかと思いはするものの、真っ先に卵焼きに手を伸ばしては「焼きすぎだろう。」となに食わぬ表情をするところには下唇を噛む。
なんなんだコイツは、と麺に箸を付けながら咀嚼を進めていくと真上の電球がぽとり、と線香花火の如く落ちてくる。
あぁ、しまった替え時であったか。
そう思ってその電球を窓の外に放り投げれば、がしゃりと響く音に驚いた料理達がテーブルから逃げていく。
おいおい待ってくれよ私はまだ食べ終わっていないんだぞ!と皿にキャッチして勢いよく口内へ流し込んだ。

「ふぅ、やる事が増えてしまった。」

「電球の取り替えなら手伝ってやらんこともない。」

食べ終えた食器を流しへ持っていく分だけ持っていく客人の口からまさかそんな言葉が出るとは思いもよらず、今日は暇であることが伺えた私はにんまりと、しめた!と口に出さずにその客人の腕を握りしめて「だったら模様替えもしようよ。いつも同じ風景だとつまんないでしょ。」と言ってやると客人はいやーな顔をして「しまった・・・。」と呟いて顔を伏せるので、私はガッツポーズをして軍人の彼を捕らえることに成功した。





- ナノ -