こぷら、こぷり。
傾くワインボトルが緩やかに空っぽであったグラスの中を満たしていくのを、ボトルを傾け続ける大統領から暫く離れた位置に立ちその光景を黙って見続けていた。
私は至って普通のメイドである。
大統領御用達である謎の精鋭部隊と名乗る人達みたく戦え、難問も解決出来るほどの技量など持っていない。
そこら辺りに生息するなんてことはないただのメイドと言うのが私の背中に貼られたカテゴリーである。
そんな私が大統領の近くにいる理由はたった一つのシンプルなものであった。
大統領の召し上がられたものを取り下げる。
それだけの役割だ。
なんてことはない普通のお仕事であるからして不満もなにも言うことはない。
ただ少し言わせてもらうならば、ここにいる人達は暫し変わっている。
いつもよく観察をしている訳ではないのだが、全体を通してみると薄暗いのだ。
それでいて妙に自信ありげな態度で鬱々と長い廊下を颯爽と飛び越えていく。
この大統領に対しても私は同じ念を抱いている。
それは今正に目の前で繰り広げられているこの空のグラスに色の付いたワインを満たしていることが、不可思議でならない。
飲んでまた空にするのでもない、しかしだからと言って量を減らす訳でもない。
どくりどくりと足し続けているのだ。
溢れていく味の付いた水はテーブルを伝い、脚へと溢れ、絨毯をハイカラに染め上げていく。
大統領は今も無言でその状況を眺めながらにして私を横目でちらりと見定めるのだ。
面接をしているように、我が国のトップに降り立つこの人物は私のような何者でもないただのメイドを、見ているのだ。
緊張が揺らぎもしない憐れな祭壇の上にて私は身動き一つ取れない細やかな神への供物であるようなそんな錯覚めいたものを感じながらも、依然として冒険へ狩り出ているワインに目線を移した。

「どうだ、この晴れやかなる景色は?」

問うてくる絢爛豪華な彼の潤った唇に目が行く。
彼は気付いている。
私の愚かで浅はかな幼稚な考えに。
右手に忍ばせたデリンジャーの重みだけが手の内に残るこの感触だけは、今すぐにでも捨て去りたいと、慎ましやかにそう願った。

「私には、分かりかねます・・・。」

「そうか。では片しておいてくれ。
ワインの気分ではなくなってしまった。」

そうして席を立ち寝室へと向かう大統領は振り返りもせずにただただ足を運んでいくばかりだ。
私への鉄槌など下しもせず、そのまま私の前を通り過ぎてしまったのだ。
重力に従い落ちていく銃器の閑散とした音だけが部屋中に響き渡る。
しかし、そんな事で立ち止まっている訳にもいくまい。
一息吐いて、これからの事に目を向けた。
取り敢えず、汚れた絨毯を剥がさなければならない、とそんな思いから身体を動かしたのは私なりの正論であるからだろう。
そう信じて疑わず、だだっ広い部屋の長い絨毯を取り外す作業に移行したのであった。





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