外が暗闇に染まってから3時間が経過した。
片田舎であるここは俺が元いた世界のどこよりもなにもないと、そう思えた。
強い戦士がいる訳でもない、この今にも壊れてしまいそうな古い建物の住民は大家である老人と、俺と同棲してくれている女と、その他諸々の人間しかいない。
退屈だ。
声に出さずに呟いていればガチャリと、鍵を開ける音が鳴り響く。
漸く帰ってきたのか、とその場を動かずに窓の外を眺める。
今日は満点の星空が見える日だった。

「ただいまー、っと。
ワムウいる?
ちょっと手伝ってー。」

擦れるビニール袋と床に下ろされる箱状の塊の音が聞こえて来る。
なんなのだ、と明るくなった部屋を渡り歩いて行くと目に入る大荷物。
明らかに成人女性が持てない程の荷物が玄関に散乱していた。
思わず歩みを止めてしまう程の量だった。

「なんだこれは。」

「お酒と晩御飯用の食材。
いやー、会社の同僚の人がいっぱいくれたんだよねー。
見てよこのダンボールなん箱分かと思われる程の大量のお酒を!!」

飲める飲める〜、とリズム良く言い放つ空は嬉々としている。
酒と恐らく今日の晩飯が入っているだろう袋を持ち上げて冷蔵庫までの僅かな道のりを歩いた。

「それにしても、この大量の荷物をどうやって持って来たんだ。」

軽い質問にすぐさま応える為に口を開ける女を見る。
いつも以上のアホ面にため息わ吐いて箱から缶に入った味の付いたアルコール入りの水を冷蔵庫なるものへ放り投げた。
そうすれば物があまり入っていなかった冷蔵庫がたちまちのうちに酒で埋め尽くされる。
何がそんなに美味い物なのか、と理解せずに詰め込める分だけ詰めていく作業を続けた。

「お酒くれた同僚の人が手伝ってくれたんだよ!!」

「・・・は?」

耳に入って来た情報を思わず疑った。
嬉々とし踊るようにベッドまで移動し、枕に顔を埋めては「酒ええぇぇぇ!!!」と叫んでいる。
正直に言うと五月蝿くて仕方がない。
ひとしきり暴れ終わったあとに落ち着きを取り戻したのか、立ち上がり胸を張って堂々としている女には流石に頭を抱えた。

「晩酌に見合った料理を作ります。」

「一々報告せんでいい。」

そんな俺の言葉を無視する女はどこからか魚を取り出して捌き始めたのを横目で見ながらまたも疑問が湧いてきた。
コイツ、まさかその手に持ってる魚も貰い物なのか、と・・・。

「男か?」

「だから同僚だってば。」

「恋仲か?」

「お前は私のお父さんか!?
違うよ!!同僚って言ってるでしょうが!!」

魚の鱗を取り除いて、腹に包丁を入れ込みながら調理していく手捌きを眺めながらため息を吐いた。
別に男が出来た訳ではないらしいが、何故か内心もやもやと気分が悪い。
頭を抱えながら口を開いた。

「明日からお前を迎えに行く。」

魚の腹に指を差し込んだ女が驚いた表情を浮かべながら眉を寄せていた。
そんなにも気に食わなかったのか、開いた口からはなにやら魂のようなものが飛び出るのではないかと言うほどに固まって動かない。
滑稽に近く、相当な間抜け面を施していた。

「えええぇぇぇぇ・・・。」

「なんだその物言いは。」

「何個先の駅だと思ってんの・・・。
しかも、えええぇぇ、ワムウ都会大丈夫なの・・・?」

「貴様殺されたいのか。」

依然と動かない女の口に親指を差し込んで左右に広げると、それこそ三枚下ろしにでも出来るのではないかと思うぐらいにはアホ面を極めていた。
そうしてなにやら発声しているがどこの言葉を喋っているのか定かではない。
異国語か。
この女に日本以外の国の羅列文章を話せる頭があったということなのだろうか。
些か信じられんと、蔓延った声を吐き出し続けている女が魚の腹に入れていた指を抜き差して俺目掛け突いてくるその攻撃を難なく躱してみせた。
口に入れていた指が抜け落ちるのと同時に足払いも迅速に繰り出してくる辺り油断ならない女だと内心密かに思う。

「口が裂けるわ!!!」

「それは惜しいことをした。」

「ぶん殴るぞ!!!
もう!私に男なんて出来たあかつきには男の方がグレるわ!!!
彼氏なんていらん!!そして迎えもいらん!!!」

まるで犬か猫にでも言うように「しっしっ!」と手を払う動作を見せつつまた魚の下準備に取り掛かる女の精神年齢はいかがなものなのだろうか。
成人女性とも言い難いその行動の多さに首を傾げたくなる気持ちを抑えに抑える。
恋仲も迎えもいらないらしい女の頭を一度引っ叩きそれからリビングにあるベランダへと足を運んで一息吐いた。
心配して損をした感覚とはこのことであろうか。
夜風の心地良さに触れながら背後に忍び寄ってくる女の、フライパンを用いた攻撃を避けながらも平穏そのものな世界に盛大にため息を吐いた。





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