「人って脆いものなのよ。」

そう口に出した名前の両の目からはシチリアの海の様なまっさらでいて透明な光る涙がぽろん、と流れ落ちていた。
何処にでもありふれたカフェのオープンテラスに二人腰掛けているのはなにも今日が初めてではなかった。
波紋の修行の合間の休憩や、休暇を狙ってこっそりと手を繋いで密会を行っているのは俺たちが一週間も前から付き合っているのが関係している。
あれは名前の方からの告白であった、などぼんやりと思い浮かべながらいつもデートの最中泣きべそをかく名前は先程の台詞同様に脆い人間であった。
左にきりきりと首を傾けつつ、緩く閉じた瞼の中から涙を滑らせている名前は確信犯であり、尚且つ愚か者だ。
名前は俺とは違いもう一人付き合っている彼氏がいた。
過去形で語るのには些か間違いであるだろうが、それでも正しいとも正しくないとも言える。
名前のもう一人の男、シーザーは女性を最優先に丁重にもてなす情の熱い俺の兄貴分な人物だ。
そんなシーザーと名前が付き合っていたのは俺と二人が出会うよりずっと前からだったそうだ。
名前が道端で困っていた時に偶然助けてくれたのがシーザーであり、それがキッカケで付き合ったようなのである。
詳しい話など当時興味のなかった俺は聞き流していたのだが、それが間違いだったと気付かされたのは一週間前、名前に告白された瞬間だった。
暗い表情を浮かべながら、夜の闇に吸い込まれていきそうな声音で呟いていたのを今でも鮮明に思い出せるのは、雰囲気が暗く、淀んで、悲哀に満ちていたからだ。
マリオネットの人形のようにカラカラと崩れ落ちていきそうな名前をなんとか元に戻してやらねばならないと、手を取ってしまった寝室の前。
その時も彼女はガラス玉に宿している反射世界を水で浸していた。

「私は美人と言う訳でもなし、取り立てて頭が良いわけでもない。
そんな私が彼と付き合っているなんて世の不条理に他ならないわ。
別れるべきなのは分かってる。
そうすればこの痛い気持ちからおさらば出来る。
でも、でもね、何故か別れられないの。
人から離れてしまうと、一方の人間は脆くなってしまうのね。」

涙の落ちる量が増える。
無作為に地面へ溢すその姿を見る度に早く自分の偽りの言葉に気付いてしまえば良いのに、と目を細め、名前とは逆に首が項垂れた。
シーザーの事が好きならばそのままの関係でいたいと、何故言えないのだろうか。
付き合っているこちらの身にもなっていただきたい。
そう言えたならばどんなに爽やかな心を持てただろう。
名前とシーザーは故意的にすれ違っている。
それは即ち、自分達の気持ちの整理が付いていないから名前は俺と付き合っているし、シーザーはそんな名前を見て見ぬフリをしている。
話し合いをして心を赦す事さえもしない。
俺を巻き込んで恋人と言う仲に亀裂を入れようと必死なのだ。
・・・否、それは間違いなのかもしれない。
本当は、発生が欲しいのだ。
新たなる発生と発見。
それが見当たらないから歪が走る。
他人を巻き込む。
付き合おうと後先考えずに口走る。
だから、今回の犠牲は俺なのだ。
見初められてしまった代償は遥かに大きいものに成り替わるだろうことは分かっていた。
それを背負ってしまったことには後悔が余る。

「素直になれよ。」

お前ら二人共、と呟いた言葉は嗚咽に掻き消された。
ストレスが蓄積される。
終わりの見えないこの関係性に終止符など存在するのだろうか。
名前とシーザーと、俺の、三人はいつまで続くのかは、誰も知る由もしない。
「俺はどうしようもないヤツだ」とのたうち、頭を抱えていたシーザーが目の前に浮かぶ。
似た者同士な二人はお互いを曝け出さない。
無常か、無情か。
第三者はそれを眺め息を深く吐く。
落ちたならば、浮かび上がってくれば良いだけの話。
浮かぶのが困難であれば俺はまだ偽善者を貫こう。
二人の仲が元に戻るのならば自分の犠牲など、厭わないつもりだ。





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