嫌な日だ。
教室の一番後ろの席に腰掛けて今も尚廊下やら、教室内から俺を見つめる視線がやけに痛い。
嫌気が差して眉間に刻まれるシワに大袈裟にため息を吐いてやれば、文字通り黄色い声が沸き起こる。
頭が重くなるその現象はいつもの事だが、今日は如何せん特別だった。
ヴァレンタインという行事に合わせてチョコを持ち、一斉に俺へと迫って来る女を一々相手にするのは面倒くさい。
だからわざわざ人通りが少ない道を通り、近寄って来る女達を避けてを繰り返していたら今の状況になり得てしまった。
今までの努力が無駄な気がしてならない。
俺の一挙一動で騒がしくなるのであれば下手になにも出来はしない。
今日は学校をフけるしかないか、と色々悩んでいれば唯一俺と対等に喋れる前の席の変わった女、テロルが振り向いた。
手元にはなにやらあやし気な箱持ちだ。
嫌な予感しかしない。

「ヴァレンタインだね空条君。」

「あぁ、憂鬱な気分だぜ。
今日はこのままフける。」

そう説明すると笑いながら「その方がいいよ。」なんて返されてしまった。
この笑顔がどうにも胡散臭い。
やれやれと帽子を目深に被る。

「そんな気分が乗らない君にはこれをあげよう。」

そうして恐らくチョコが入っているであろう箱を渡された。
人の話を聞いていたヤツがとる行動ではないそれに少なからず頭を抱えた。
心なしか頭痛が起きている気がする。

「お前は俺を殺す気か。」

「萌え死?」

「ストレスだ。」

意味が分からん、と顔を伏せる。
現実逃避をしたいと思えるほどうんざりした。
ここへ来るんじゃあなかったと後悔せざるを得なかった。

「まあまあそんなこと言わずに受け取り給えよ。
美術部である私の技術を存分に発揮した作ひ、おっと、チョコレートを。」

「作品だな。
チョコレートじゃあなく作品なんだな。」

先程の嫌な予感とはこの事らしい。
箱の大きさは普通にしろ、中身がいささか不安だ。
確かに美術でコイツに敵うヤツはいないと思わせるほどの実力を持っているだろう。
そこは褒めなければならないところだが、しかし。
料理と芸術は全くの別物だと俺は思っている。
だからか、今この目の前にある箱を開けるのは躊躇いが生じるのは至極当たり前の事だ。
開ける気力と、その作品を見る労力が事実上なかった。

「遠慮しないでいいんだよ空条君。」

「どう見ればお前は俺が遠慮しているように見えるんだ。
開け難いを通り越して疲れてんだよ・・・。」

「では仕方が無いな。
私が開けてあげよう。」

人の制止を気にもとめず、早速包装したリボンを解いていくテロルは人を追い詰める才能があるらしい。
無自覚なのが更にタチが悪いと言えた。

「じゃーん!
これが私の腕によりをかけて作った作品だ!!」

箱の蓋を取り除いた瞬間に見えた最早本人でさえもチョコレートとは言っていない代物を堂々と自慢する。
中には俺の顔を形どった甘い匂いを発する固形物が入っていた。
一応チョコレートであるらしいそれは狂気しか感じ取れなかった。

「なんだこれは・・・。」

「チョコレートを溶かして固めたものに彫刻刀で彫りまくりました。」

「愛が重い・・・。」

「失礼な。
凝り性なだけだよ。」

そして本当に無理矢理渡されたそれを満足そうに見届けては一時限目の授業の準備をし始めた。
マイペースなヤツだとは思っていたが、まさかこんなにも振り回されるとは思ってもみなかった。
やれやれだ。
通学鞄と例の箱を片手にぶら下げ席を立つ。
とっととこの教室から立ち去りたい気持ちで埋め尽くされたのはなにも俺だけではないだろう。
これを体験するヤツらは大体休みたくなるのが現実だ。
少なくとも俺はそうだった。

「空条君また明日ね。
共食い頑張って!」

「いつもそうやってお前は他人を崖から落とそうとするな。」

そう告げれば照れたように頭を掻く。
いや、褒めてねぇよ。
素直にそう言えたらどんなにスッキリしたことか。
しかしそんな軽く話せる精神状態でもなかった為、何も言わずに教室を出た。
この学校中の浮き足立っている呑気な雰囲気が明日になれば消えていることを今から願うしか、今日の俺の平安は保たれなかった。




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