最悪だ。 人生における中で最高に達する程の最悪な出来事が最近になり起こった。 最近と言っても戦争が始まってから大分経ってだ。 軍人として戦場に赴いた時も生きていた中で嫌なことであったが、それよりも愚直で赤ん坊からやり直したいと思ったのが数日前だった。 軍人の仕事を怠け、自分の命を優先とし、守り、そして仲間と呼ばれる人間を見殺しにした罪をどう背負っていけば良いものか。 悩む依然の犯罪である。 ここ一週間程、街が燃えた時からずっと彷徨っていたのだが、胸の辺りがどうも空洞だ。 痛みこそはしないが、生きていて良いものかと阻まれる。 だから足取りも千鳥足だ。 くすねてきた酒は今では底を尽き、暇潰しになるものも今ではなにもない。 足を動かし、街を移って行ったが、誰も俺を知らずに、関わりを持たないとでも言うように避けられた。 そういうのも仕方がないだろう。 家に帰るにも恐らく俺は死んだことになっているに違いない。 居場所がないとは正にこのことである。 雨が降り終わったらしいこの街には水溜りが増え、空を映し出している。 それをぶち壊すかのように踏みながら練り歩けばガラリと変わる街並みに、空の酒瓶をぶらりと揺らす。 ふと目に止まったのは古めかしいような、それでいてどっしりとしたおとぎ話にでも出てきそうな教会だ。 所々ペンキが剥がれ落ちてはいるもののまだ現役とでも言えそうな造りをしている。 この大きさでもやはりオルガンはあるものだろうか、と音楽を奏でることが出来ない指に少しでも希望を持たせようと気まぐれにその敷地内へ一歩を踏み出した。 しかしながら、教会とは反吐が出る程に嫌いな場所である。 戦争を起こす前は嫌いでもなかったハズだが、なにせあんな事件が起こってしまっては神も仏もない。 人間が創り出した幻の偶像だ。 救いもしなければ堕とす訳でもない。 中途半端に人々を支えるそのまやかしには一度ナイフを突き立ててみたいものだ。 だが、俺はその神とやらがいる建物へ身を乗り出している。 矛盾であろうか? 神の元でオルガンを弾こうとしているのだ。 側から見ればキリスタンに見えなくもないだろう。 俺は今では無宗教だ。 誰もこの事実を知りはしない。 神でさえもだ。 「またお前か!いつまで経ってもムカつくヤツめ!!」 そう怒鳴り散らす薄汚い声が聞こえて来たのは恐らく礼拝堂からだろう。 広く響き渡っているからそうに違いない。 が、残念ながら俺には関係のないことだ。 参拝客だかなんだか知らないが場所を選ばないところが迷惑極まりない。 耳が痛くなってしまうではないか。 口には出さなかったが舌打ちを鳴らしながら礼拝堂へと歩む。 しかし、どうだろう。 別段参拝客が怒鳴り散らしていた訳ではないようだった。 寧ろ、聖職者同士の虐待に近しいその光景を見るとあぁ、どこにでもクズとはいるものなのだ、と感心してしまった。 神父が修道女に手をあげていたのだ。 滑稽であるその場面をうっかり見られてしまい焦ったのか神父が俺を視界に収めて踵を返した。 震えていた拳を握り締めて我慢するくらいならば寝室でやれば良かったものを。 どれだけ沸点が低かったのか疑問に思う程に怒り狂っていたのだろう。 それを理解してやる程俺は優しくはない。 だから気にも止めずに中へ、奥へと侵入すればこれまた見事なステンドグラスが窺えた。 建物自体は嫌いにはなれない。 本音を言えば美しい。 それに尽きる。 「綺麗でしょう?」 隣からふ、と過る声に顔を向けた。 先程殴られそうになっていたシスターだと気付くのに時間は掛からない。 先程の光景が頭から離れないのは果たして何故か。 「綺麗だとは思う。」 「教会はお嫌いですか?」 良く喋る女だと思うのと同時に、今にも死にそうだと感じた。 殴られていなかったのは俺が見ていなかっただけであり、その前に何発かやられていたのだろう。 浅黒く変色した頬がヤケに生々しい。 「教会は嫌いではないが、神は嫌いだ。」 思わず本音が出てしまった。 これは面倒くさいことになりそうだと息を深く吐いたが、相手の怒りの言葉はやって来ない。 そこには我が耳を疑い、目を疑った。 ほんの少しだけ口角が上がった女が目尻を下げ、思い掛け無い言葉を口にしたのである。 「奇遇ですね。私も神は嫌いです。」 「シスターがそんな事を言っていいものか。」 「事実ですから。」 そう言い残しては「失礼します。」と頭を下げて背を向けたその女の腕を思わず捕まえた。 何故自分がこんなことをしたのか真相は分からない。 だが、これはあくまでも自分の意思であり、行動であった。 女は暗くも、瞳の奥にある淡い光の籠った目を俺へ向けている。 何故かなにもない心を抉られるような感覚に陥った。 「明日もここにいるのか。」 「貴方が望むのならば来ますよ。」 なんでもない風に返された。 留まる訳でもなかったこの街に残る理由が今しがた出来てしまった。 大誤算だ。 だからこの時、この瞬間にこの女に執着してしまうなどこの時の俺には予想だにしなかっのである。 → |