暗い帰り道を歩いて行くのが仕事が終わった時。
肩が重く感じるのがその道を歩いている時。
はぁ、とため息を吐きたくなるのも同刻。
セクハラをオープンにする愛され公認部長がいる職場に勤めてから早数年。
二十歳も過ぎた私は緩い会社で働き続けている。
オープンセクハラ部長が会社を追い出されないのは持ち前のキャラのお陰で、あとは良い人だからという理由で私はついて行った訳だが、やはり仕事は疲れる。
パソコンを打って書類制作をして、あとは雑用やなにやらをやって。
仕事が終わるともう夜で。
休みの日は会社の後輩となにをする訳でもなくぶらぶら町を練り歩く毎日を普通に送っている私だが不満は一つもない。
食って寝れればいいか、とお気楽に考えていた私がいけなかった。
因みにこの私が住んでいる町は田舎設定だ。
毎日電車に乗って会社へ行く。
田舎設定だ。
回りもぽつりぽつり家があったり、スーパーがある森が近くにあるたまに熊が出たりする普通の田舎だ。
私が住むボロマンションも普通の日本人が住んでいるのだ。
帰宅した私の部屋に外国人がいるなんて非現実はない。
決してない。
今日は仕事で疲れてたまたま幻覚を見ているのだ。
そうに違いない。
化粧を落として風呂に入ればこの大きな外国人は私の視界からもれなく消えているだろう。
きっとそうだ。
よし風呂に入ろう。
そう思ったのが夜9時。
目を擦りながら風呂から上がった時刻は9時45分。
いやー、さっぱりした。
背伸びをして 居間へ足を進めたのが9時50分。
狭い室内に大きな外国人は私が見た幻覚と同じく倒れるように寝そべっている。
深呼吸をして若干濡れた髪をそのままに外へ出た。
表札を確認して部屋へ戻る。
そして頭を抱える。
なんなのだこの状況は・・・。
三度外国人を見る。
確かにいる。
ため息を吐いて近付く。
何処の民族だよ、お前誰だよ、ピアスデカいよ、無駄に大きいよ、そしてマッチョ、このマンションに外国人なんか住んでなかったよ、寧ろ日本語通じるのか不安だよ、英語出来ないよ。
色々頭の中が交錯しながらも携帯電話を片手に外国人を見る。
なんでまず風呂に入ったのかと自分を投げ飛ばしたい気分だった。

「もしもし兄ちゃん?
あの聞きたい事があるのだけれども。」

因みに私の周りには変態と変人と可愛い後輩しかいない。
ここは重要なところだが、まともな人は一人もいない。
家族も例外ではなかった。

「どうしたマイスウィートシスター。
珍しいじゃあないか。
旭から電話を直接俺に掛けてくるなんて・・・。
あと兄ちゃんではなくお兄ちゃんだろう。」

「知らないよ、どうでもいいよ、話しを聞いてよ。
と言うか間接的に電話を掛けた覚えもないよ。」

電話を掛けたのは実の兄であり、シスコンの異名を持つ兄だ。
普段は電話を掛けるとなにやら面倒くさい事になる為あまり掛けたことはない。
電話越しから聞こえる兄の声は嬉々とし、テンションメーターが最高潮まで達しているだろう。
耳が痛かった。

「あのさ、もしも、もしもだよ。」

「うん、なんだいなんだい。
可愛い可愛い俺の妹よ。」

「気持ち悪・・・。
それでね、もし自分の部屋に知らない外国人がいたら兄ちゃんだったらどうする?」

電話の向こうは荒い息も整ったのか、しんと静かになった。
今更だが嫌な予感が胸を支配する。

「一旦風呂入るな。」

「いや、対処をしろよ。」

何故兄弟一致しているのだ。
遺伝子を呪いたい。
せめて今の現場を助けてくれ。
家族の中でも一番頼りにしているのだから!

「取り敢えず寝てたら起こすし、寝てなかったらI don't English!って叫ぶな。
え、今誰かいるの?
嘘だろ?
え、外国人、嘘だろ?」

もしも話から切り出しておいてなんだけれど、いるから電話をした。
気付け、妹の最大のピンチを気付いてくれよ兄ちゃん。
辺り構わず転げ回りたい気分だ。

「・・・いるよ。」

「・・・お兄ちゃんが今からそちらへ向かいます。」

「・・・仕事しろよ。
なんとか対処出来るかもしれないし・・・。」

頭をがしがしと掻く音が聞こえる。
兄も相当悩んでいるようだ。
久しぶりの電話報告に申し訳が立たない。
ごめんなさいと自分が悪い訳ではないが、ドロップキックを兄に打ち込みながら言いたかった。

「どんな人?」

ふいに聞こえた質問に再度外国人をまじまじと見る。
なんとも説明し難かった。

「えー、身長が大きくて、筋肉が凄くて、民族的な格好して、ピアスがデカくて、顔に、刺青?模様?がある人。
凄くイケメンです。」

「お兄ちゃん許しません。」

説明しろと言っていた本人がボケたあと一気に黙り込む。
なに、知り合いなのかと問い質したかったけれど、あまりに無言なので声を掛けられなかった。
ばたばたと騒音が兄のもとから鳴ったと思ったら次はバラバラとページを捲る音がする。
疑問しか生まれなかった。

「血だらけではない?」

「あ、血だらけです。」

「体ある?」

「なかったら失神してるよ。」

「手にリングとか嵌まってない?」

「あるよ、金色のやつ。」

量のある質問に応えていくたびになにやら面倒な事に巻き込まれたのではないか、と不安になる。
そろそろ兄に聞き出そうか、そうしたところで恐らく最後の話しを兄が持ち出した。
顔が一気に青ざめる。

「多分な、今凄いことが起こってるんだよ。」

「・・・うん。」

「やっぱり俺そっちに行くわ。
父さん達には俺が報告しておくから、精々そいつの影だけは踏むなよ。
いいな?影だけは踏むなよ。」

「うん、分かった・・・。
でも、運転中で電話は止めてね・・・。
お金取られたら元も子もないないから。」

「心配ソコ違ウ。」

それから別れの言葉を口にして電話を切られた。
取り敢えず寝る場所どうしよう、と迷ってからこの人を起こす為に行動を開始した。
触る場所が躊躇われるが、無難に肩を叩こうと手を伸ばした。
その瞬間に、目が開いた。
日本離れした綺麗な目が、真っ直ぐ天井を見ている。
それから暫くして目を閉じた。

「起きている。」

「あ、はい、すいません・・・。」

私と外国人のこの人が対談らしき会話を交わしてまず思ったのが、英語で話す必要がないという事だった。
一先ず安心した午後10:30。





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